2006年10月29日

名医に学ぶ腰痛診療のコツ

菊地臣一教授から贈られた本がようやくアマゾンに掲載された。タイトルは『名医に学ぶ腰痛診療のコツ』。版元は、「綜合臨床」という有名な雑誌を発行している永井書店だ。

親ビンの話だと、一般向けに書いた優しい本ということだったが、内容はさにあらず。『腰痛』に比べれば少々優しいという感じはするが、とても一般向けとはいえない。親ビンの一般向けとは、プライマリケア医が読んでもよく理解できるという意味だったようだ。

「まえがき」にも「あとがき」にも『腰痛』とセットで読むことを勧めているが、この赤い彗星もそう思う。欧米の腰痛診療ガイドラインが示しているレッドフラッグ以外にも、色々と注意すべき疾患があることをあらためて勉強できた。専門家なら2点セットで手元においておくべきだろう。

トップページならびに「お勧めの本」⇒「現代医学」に追加したので、医療関係者の方は『腰痛』と合わせてぜひご一読願いたい。一般の方には、『腰痛をめぐる常識の嘘』『続・腰痛をめぐる常識のウソ』をお勧めする。この2冊は30万部を超えるベストセラーになったそうだ。

チョット! チョットチョット! 勘弁してくださいよ。そんなに売れてるんですか? 世界のKikuchiとはいえ安月給なのはよく知ってるけど、次回は親ビンがおごる番だから気合入れてお願いしますよ、ホントに。


posted by 長谷川 淳史 at 21:00| 更新履歴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月28日

番組収録

26日、番組収録のために日本テレビ麹町スタジオへ。汐留の日本テレビ本社ではなかったので、3時集合といわれても時間の潰し方がわからず2時に到着。仕方がないので、玄関前で仁王立ちしていたお巡りさんとおしゃべりしながら待つ。

3時になってようやく控え室へ通され、しばらくして男性の担当ディレクターと事前の打ち合わせ。

「『朝まで生テレビ』とまではいかなくとも、激論という形に持っていってくださいよ」
「何度も何度もいっているように、それだけはお断りです」
「その扇子をパタパタやりながらビシッといってくれた方が面白いんですけどねぇ」
「それは名医の先生方に失礼です。この扇子をよく見てくださいよ。雨ニモマケズ 風ニモマケズ・・・北ニケンクワヤ ソショウガアレバ ツマラナイカラ ヤメロトイヒ・・・ミンナニデクノボウトヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ サウイフモノニ ワタシハナリタイ」
「宮沢賢治ですか」
「そうです。ガイドラインがどんな勧告を出していようとも、名医の先生を信頼している患者さんがいます。その名医をエビデンスで追い詰めてどうしますか。それで患者さんの信頼を失ってしまえば、治るチャンスを患者さんから強引に奪うことになります。そんな暴力的行為が許されると思いますか。そんな権利がいったい誰にあるというんですか」
「じゃぁ、軽いボケでもかまして盛り上げてくださいよ」
「オヤジギャグでも?」
「ええ、結構です。んじゃ、よろしく!」

その後、忙しそうにしているハマーン・カーンにスタジオ内を案内された。ピリピリとしたムードが漂っている。こんなに裏方さんが多いものかと新鮮な驚き。

司会は名倉潤さん、MEGUMIさんの2名。患者役のタレントは、嶋大輔さん、早見優さん、藤田弓子さん、青田典子さん、ほしのあきさん、酒井敏也さん、品川祐(品川庄司)さん、大沢あかねさんの8名。

この方たちの中でもっとも大きなオーラを放っていたのは、意外や意外、弱冠25歳のMEGUMIさんだった。テレビ画面ではわからないから不思議なものだ。これまで経験した中で最大のオーラを放っていた人物は、七冠王になったばかりの羽生善治さんだった。ここでふと疑問がわいた。このオーラってヤツ、経時的変化をするものなのだろうかと。ま、確かめる術もないし、どうでもいいや。

それにしても、名倉潤という男は頭がイイ。あまりテレビで見る機会はないのだけれど、切れ味抜群の頭脳を持っている。古いデータで恐縮だが、時給100万円は伊達じゃないと思った。突っ込み役としては天性の才能を持ち合わせている。

時給50万円の品川祐さんも、とてもイイ仕事をしていた。彼がいなかったら、かなり混乱していただろう。あの仕事っぷりはまさしくタレントである。

タレント以外では、各方面のエキスパートと呼ばれる名医の先生方が23名ほど。よほど名のある先生方だとお見受けしたけど、腰痛以外のことはまるで知識のない赤い彗星には、誰が誰だかサッパリわからない。

まぁ、なんじゃかんじゃといいながら6時から収録開始。予定終了時間は9時。たった3時間だ。ところがどっこい、実際に終了したのは11時30分だった。をいをい、ある程度予想していたとはいえ、こちとら2時から待機してたんだぞ。9時間半も拘束されるなんて聞いてねぇよ。アレをどうやって1時間半の番組に編集するんだろう。

結局、新宿南口ドコモタワーの下にあるホテルに着いたのが0時30分。それから控え室から失敬してきたお弁当と2Lのお茶で夕食。北海道日本ハムファイターズが優勝したことを知ったのは、午前1時をとうに過ぎたころだった。

みなさま、本当にお疲れ様でした。収録スタッフはもちろんだけど、タレントのみなさんの根性には素直に感動した。相当疲れているはずなのに、高いテンションを保ち続けているけなげな姿を見ていると、ついつい目頭が熱くなってしまった。ギャラリーの方々も相当疲れたに違いない。頭が下がる思いである。

TMSジャパン・メソッド終了後の赤い彗星ほどではないにしろ、名倉潤さんはかなりへばっていた。一方のMEGUMIさんはといえば、ハイヒールを履いたまま5時間半、嫌な顔ひとつせずに立ち続けていた。あの根性たるや尋常ではない。芸能人は体力勝負だということを初めて知った。芸能人にだけはなりたくないものである。

ところで、肝心の腰痛というテーマだが、事前の打ち合わせとはまったく違う流れになってしまい、何ひとつ目的は達成できなかった。願わくは、腰痛の部分を編集ですべてカットしてもらいたいほどだ。みなさまには心からお詫びしたい。

お詫びといえば、前日の深夜までハマーン・カーンと電話で話し合っていたのだが、ふとしたことがきっかけで彼女の心を深く傷つけてしまったらしい。「何人たりとも、他人を傷つける権利は持っていない」と主張していたこの赤い彗星が、悪気はなかったとはいえハマーン・カーンを傷つけてしまった。当日にも謝罪はしたが、この件に関してはきっちりと詫びを入れるつもりだ。

とまぁ、こんな感じだった。以上、これにて報告は終わり。

あ、そうそう、帰りのフライトでは自民党の武部勤元幹事長が斜め前の席に。旭川市長選挙の応援に来たようだ。膝カックンでもしておけばよかったかな。
posted by 長谷川 淳史 at 10:02| 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月21日

このプレッシャーは・・・

このところ眠りの浅い日が続き、悪夢もよく見るようになった。いくつものプレッシャーが重なっているせいだ。

もっとも大きなプレッシャーはやはりテレビ番組の出演だろう。ラジオの生番組に出演した時は自分のいいたい事をいえば良かった。でも、今回はちがう。医師の面子を潰さずに明確なメッセージを伝えなければならない。どう考えても至難の業である。何しろいってはいけない事が多すぎる。

「思いやりは友をつくるが、真実をいうことは敵をつくる」

フランスのことわざだ。真実をいわず、思いやりの心でダンマリを決め込めたらどんなに楽だろう。

それ加えてこの赤い彗星はパブリシティに弱い。新聞や雑誌などから取材を受けるとしばらく落ち込んでしまう。新刊を出した後などはかなり重い抑うつ状態に入る。ラジオの時もそうだった。これはヤバイ。予期不安ってヤツか。それとも条件反射か。 

次に頭を悩ませているのは、メールと手紙と電話だ。治療プログラムに関する問い合わせなら事は簡単だ。ところが、長々と相談されるとまったく仕事ができない。基本的には、業務連絡以外はメールカウンセリングが最優先であり、その他の相談にはお返事ができないと考えていただけないだろうか。有料のメールカウンセリングでさえ、お返事を出すのに2〜4週間かかっているのだ。それをさしおいてお返事することはできないのである。どうかご理解いただきたい。といっても、そういう人たちはこのブログを見てないか。

それから、原稿が書けないのも大きな問題だ。次の本を依頼されてから、かれこれ3年になろうとしている。もうそろそろ堪忍袋の緒が切れるころだろう。案の定、11月に上京した折には、編集部長が直々に「会って話したいことがある」という。かなり絞られそうだ。数年前にも出品してくれたのだが、今年のブックフェアにも出品してくれているのだ。先方は誠意を示してくれている。なのにこちらは忙しくて筆が進まない。平謝りだなこりゃ。

とはいうものの、まだ実力の40%しか出し切っていないのだ。何かのスイッチが入れば、残りの60%の力が出せるはずだ。って、そのスイッチはいずこ?
posted by 長谷川 淳史 at 17:53| 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月19日

TMSジャパン・メソッド in 福岡

つい先日、仙台でのTMSジャパン・メソッドを企画・開催してくれたボランティアリーダーのスージーさんが、今度は福岡での開催も企画してくれた。何という素早さだろう。この仕事の速さには頭が下がる。m(_ _)m 

もちろん、ひとりでも多くの慢性腰痛患者を救いたいという気持ちからだろうが、この赤い彗星を黒い旅客機のおねいさんに会わせてやりたいという親心もあったに違いない。タイミングよく安いチケットが手に入れば、当然あの黒いモビルスーツに試乗するつもりだ。ありがとう、スージーさん。機内では眠らないように頑張りますよってに。

来年の4月15日に決定したわけだが、受講料は東京より安く設定してあり、定員も東京の2倍である。講演依頼がない限り滅多に九州へ行くチャンスはないだろうから、慢性腰痛に苦しんでいる方や医療関係者は、受講者の声をご覧になった上でぜひ一度『TMSジャパン・メソッド2006』をお試しあれ。ヨーロッパの「慢性腰痛診療ガイドライン」が推奨している教育プログラムである。受講して損はないと思う。

詳しくは、TMSジャパン・メソッド in 福岡をご覧いただきたい。スージーさんには重ねて御礼を申し上げる。本当にありがとうございます。m(_ _)m
posted by 長谷川 淳史 at 10:20| 更新履歴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月18日

ジオンの系譜

昨日、急遽日帰りで日本テレビへ打ち合わせに行ってきた。さすがに今の体力では、精神状態をトップギアに入れたままでの日帰り仕事はかなり厳しい。1日も早く肉体改造に着手する必要があることを思い知らされた。

ところで、この赤い彗星に声をかけたのは、ZION(ザイオン)という番組制作会社の女性ディレクターである。今さら説明するまでもなく、この赤い彗星ことシャア・アズナブルの父親はジオン共和国のジオン・ズム・ダイクン首相である。そしてザビ家に父を暗殺されてジオン公国が誕生したわけだが、このジオン(Zeon)のスペルは元々Zionだった。何の因果か、そのZIONからお呼びがかかったのである。

この赤い彗星を総帥として迎え入れ、ネオ・ジオンを立ち上げようというのか? で、人類を覚醒せよとおっしゃる? 燃え尽きかけている彗星でもいいのか?

それはさておき、この赤い彗星を出迎えてくれた女性ディレクター(ここでは仮にハマーン・カーンとしておこう)は、とても美人で知的な方だった。通常、腰痛を持たない人間に現在起きている「腰痛革命」、もしくは「生物・心理・社会的疼痛症候群」の概念を説明するのは、かなり骨の折れる仕事なのだが、ハマーンはビデオを撮りながら真剣に耳を傾けてくれた。おまけに、あるグラフの疑問点を発見してくれた。これまで誰一人指摘しなかった部分である。ハマーンめ、やるようになったな。

まぁとにかく、収録は26日ということである。大勢の名医がいらっしゃるらしいので、名医の顔を潰さないように全精力を傾けねばなるまい。まちがっても名医を論理で追いつめてはならない。親ビンにも厳しくいわれているので、しっかり肝に銘じておこう。

ところで、朝一番の東京へのフライトでは、神の手を持つ脳外科医といわれる上山博康先生(旭川赤十字病院第一脳神経外科部長)が一緒だった。意識的にオーラを消していたのか、医者というオーラ以外は感じられなかった。きっと疲れているのだろう。

最後に、番組の打ち合わせとはまったく関係ないことだけど、TMSジャパン・メソットの受講者の声をUPしたので、たまには読んでみていただきたい。
posted by 長谷川 淳史 at 10:02| 更新履歴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月16日

カオス・ポイント

人体という未知の世界を探っていると、ある分野の知識を手に入れるのに100年以上かかるのではないかと思うことがよくある。たとえ100年間にわたってひとつの分野を追求し続けたとしても、おそらくほんのわずかな知識しか得られないだろう。

だからそう遠くない将来、スーパーブレインが開発されるのではないかと期待している。つまり、とてつもなく巨大なメモリーバンクと各分野間のメモリーバンクを統合するスーパーシステムである。もしこのシステムが完成すれば、人体の謎どころか、今現在、人類が抱えているさまざまな問題も解決するのではなかろうか。というのはSFの世界。単なる妄想でしかない。

だがしかし、世界は今、人口爆発、経済格差、民族紛争、地球温暖化などといった、深刻な問題を数多く抱えている。いわば、ブレイクスルー(飛躍的前進)かブレイクダウン(崩壊)かのカオス・ポイント(転換点)に近づきつつあるのだ。

総合進化研究グループのアーヴィン・ラズロ代表は、このカオス・ポイントを2012年と定め、われわれ人類はすでに「決断の段階」にあるという。この段階においては小さな変動が大きな影響をおよぼすため、個人の小さな選択が、ブレイクダウンという最悪のシナリオを回避するための決定的要因だと力説する。

こうした壮大なスケールで我々に選択を迫る『カオス・ポイント』を、「お勧めの本」⇒「スピリチュアリティ」に追加したのでぜひともご一読願いたい。ついつい目先のことばかりに注目しがちだが、たまにはもっと広い視野を持ち、全地球規模で世の中を考えてみるのも悪くはないだろう。


posted by 長谷川 淳史 at 20:03| 更新履歴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月13日

TMSジャパン・メソッド in 仙台

まず、東京でのTMSジャパン・メソッドでは、慢性腰痛の患者さんの他に歯科医とカイロプラクターが参加してくださった。特に印象に残ったのは、線維筋痛症(FMS)の方が2名、自殺念慮の強いうつ病の方が1名受講されていたことだ。中でも22年間も線維筋痛症と闘ってこられた方の症状は、全身痛というすさまじい症状だった。

また個人治療プログラムでも、16歳という若さで1年ほど寝たきり状態という方が群馬県から相談にみえ、座っていられないので横になったままセッションを行なった。途中で何度も静かに涙を流している痛々しい姿を見ていると、もらい泣きしそうになって堪えるのにひと苦労した。本当は一緒に泣きたかった。

こうした想像を絶する痛みに苦しんでいる患者さんや、生きることに絶望している患者さんに出会う度に、いかに医学が無力であるか、いかに医療システムが不完全であるかを痛感する。と同時に、腹の底から激しい怒りが噴きあがってくるのを感じる。本来、医学や医療システムは、弱者である患者さんのためにあるはずなのに・・・と、泣き言はいっていられない。「変えられないことを批判するな」と親ビン(菊地教授)にもいわれている。だから、もしこの赤い彗星にできることがあるのなら、それがたとえわずかであっても愚直に淡々と行動に移すだけだ。

それはさておき、仙台では何から何までスージーさんにお世話になった。心から「ありがとう」といわせてもらう。東京の半額で開催したわけだから大赤字になったはずなのに、そのことには一言も触れない侠気(おとこぎ)のあるスージーさん。やはりいくら感謝しても感謝し足りない。スージーさんもアレだったら睾丸でもおひとついかが?

詳しくはスージーさんのグリーンライトネットワークを読んでいただくとして、牛タンは仙台牛タン発祥の店として知られる太助で食べた。看護師のケイティさんから教えてもらった店だ。

ウマイ! 今まで口にしてきた牛タンはいったい何だったのだろう。まったく別の物を食べているようで、本物はこれほど違うものかと大感激。こうなってしまうと、幸か不幸か、もう仙台以外で牛タンは食べられない。まぁ、美味かったので幸ということにしておこう。

また、ボランティアスタッフとしてお手伝いしてくださったけいさんにも心から感謝したい。

「山形では今でもチョンマゲを結ったお侍さんたちが刀を差して歩いてるんだよね」
「そうですよ」
「そいでもってそいでもって、そのお侍さんたちは下級武士だから内職もしていて、冬になるとカンジキを履いて歩いてるんだよね」
「もちろんです」

やはりそうなのだ。この赤い彗星は知っていた。藤沢周平作品の舞台は時間が止まっているのである。けいさんもきっと早駕籠(はやかご)で山形から駆けつけてくれたにちがいない。ありがとう、けいさん。
posted by 長谷川 淳史 at 22:15| 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月10日

シャアの帰還

仙台でのTMSジャパン・メソッドのことを報告したいのは山々なのだけど、まるで戦争のような忙しさで当分の間は報告できそうもない。

ただし、帰宅してみると嬉しいことがいくつかあったので少しだけ。

まず、『サーノ博士のヒーリング・バックペイン』と『腰痛は<怒り>である』が増刷になっていた。未だに年2〜3回のペースで増刷されているところをみると、なかなかのロングセラーだといえる。素直に嬉しい。

次に、某民放テレビ局から11月にオンエアー予定の特別番組への出演依頼があった。もちろん、そんな恐ろしいことはできない。何しろ放送コードに引っかかりそうなツラだし、テレビ局にはこれまで散々イヤな目に遭ってきた。そうしたこれまでの経緯と世界の常識はすでに変わっていることを説明したうえで、タレントやお偉い名医の方々と一緒にスタジオで収録するのではなく、別撮りでちょこっとだけコメントさせてもらえないだろうかと伝えておいた。その方が名医の大先生に対して角が立たないだろうし、正確な情報だけを伝えられると考えたからだ。今は連絡待ちだが、いったいどうなることやら。このまま連絡なしということも何度もあるからなぁ。

それはさておき、飛び上がるほど嬉しかったことがある。9月に菊地臣一教授とお会いした時、間もなく新しい本が出るとおっしゃっていた。いうまでもなく、その本の発刊を密かに楽しみにしていた赤い彗星は、アマゾンに掲載され次第に購入しようと毎日チェックしていた。ところがである。なんとその本が留守中に菊地教授から贈られていたのだ。しかも毛筆のサイン入り。嬉しさのあまり涙が溢れてきてしまった。こんなデクの坊のために、なぜゆえにそこまでしてくれるのか。感謝感謝である。

ともあれ、赤い彗星は無事に帰還した。仙台でのTMSジャパン・メソッドについては、追々報告しようと思っているのでもうしばらくお待ち願いたい。

また、メールをお待ちの方々も大勢いるが、メールカウンセリングが最優先なので、その点をどうかご理解いただきたい。
posted by 長谷川 淳史 at 23:58| 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月08日

補完・代替医療総覧

今まで何度か紹介してきたように、色々とお世話になっているエンタプライズ「代替医療通信」という冊子を発行しているのだが、その第4号から「補完・代替医療総覧」というタイトルで連載させていただいている。

まだ導入部だからいいようなものの、各論に入るとエライことになりそうだ。何しろ補完・代替医療は世界中に星の数ほどある。その星をひとつひとつ検証していこうというのだから、この赤い彗星もイイ度胸をしている。というより狂気の沙汰か。

とりあえず可能な限りエビデンスを集め、公正な立場で検証していくつもりだが大仕事になるのは間違いない。でも要は、どのあたりで妥協するか、なのだ。本を1冊書き上げるわけではないのだから、あまり深いところまで掘り下げずに書いていこうと思っている。

それでいいですよね、K編集長。バリ島でビンタンビールとやらをたらふく飲んで、もうしばらくビールは飲まないって宣言してますけど、土産話を楽しみにしていますよ。次の極秘会談は12月ですから忘れずにお願いしますね。

というわけで、まだ各論には入っていないものの、連載の1回目と2回目を「パブリシティ」⇒「コラム・その他」に掲載したので、もし興味がおありなら御覧いただきたい。
posted by 長谷川 淳史 at 00:08| 更新履歴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月07日

高層ビルから見る東京の眺望

品川インターシティからはレインボーブリッジやお台場のフジテレビ(今はマンションが建って見えない)、恵比寿ガーデンプレイスタワーからは東京タワーや六本木ヒルズの森ビルがよく見える。

だが数年前の赤い彗星の目には、こうした美しい眺めは大きな脅威として映っていた。高所恐怖症というのではなく、高層ビルから見る東京の眺望はまさにアウェイそのものであり、まるで敵に包囲されているかのように感じていたのである。実に見事な認知の歪みっぷり。

でも最近は、ほんの少しだけ見方が変わってきた。東京タワーの周辺には赤い彗星を応援してくれるいくつもの医科大学や某がんセンターがあるし、六本木にはセミナー会場を提供してくれるホテルがある。品川インターシティや恵比寿ガーデンプレイスタワーのスタッフもとても親切にしてくれる。ありがたいことではないか。

それにTMSジャパン会員の強力な支えもあれば、読者からお礼のメールや手紙も数え切れないほど届く。掲示板では心ある優しい方々が赤い彗星の代わりに訪問者を勇気づけてくれる。こんなありがたいことがあるだろうか。

赤い彗星は独りではない。大勢の方々が力を貸してくれている。何という幸せ者だろう。あまりにもありがたくて涙が溢れてくる。これまで散々叩かれてきたけど、心ある人っているんだよなぁ・・・と、しみじみと恵比寿ガーデンプレイスタワーから東京を眺めていた。

みなさん、応援してくれて本当にありがとうございます。みなさまの力を借りながら、これからも精一杯がんばって行きます。どうかお見捨てにならず、温かい目で見守ってくださいますよう心からお願い申し上げます。m(_ _)m
posted by 長谷川 淳史 at 07:52| 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月06日

オオヤ歯科医院

「医療関係の仕事をしている者ですけど、TMSジャパン・メソッドに参加できるのでしょうか」という問い合わせがよくある。

もちろん参加できる。事実、A助教授のような大学病院勤務、あるいは開業している整形外科医、麻酔科医、内科医、精神科医、心療内科医、歯科医、理学療法士、看護師、心理カウンセラーのほか、鍼灸師、柔道整復師、カイロプラクター、オステオパス、マッサージ師、アロマセラピスト、リフレクソロジストといった代替医療の専門家も参加されている。

内容のレベルは落としていないので、医療関係者もそこそこ楽しめるはずだ。というよりも、世界最新のガイドラインが出している勧告は、医療関係者にこそ知ってもらわなければならない。そうでなければ患者が増える一方で、問題の解決が益々遅れてしまうではないか。

ところで、先日のTMSジャパン・メソッドには、心理カウンセラーの資格も持つ、オオヤ歯科医院の大矢浩登院長が愛知県名古屋市から駆けつけてくださった。特にTMJ(側頭下顎関節)症候群、いわゆる顎関節症が専門だそうで、腰痛疾患と同じく心理社会的因子に起因するとされるTMJ症候群に応用しようと考え、わざわざ新幹線で来てくださったのである。ありがたいことである。

だが、大矢先生には大変失礼なことをしていた。TMSジャパン会員であるにもかかわらず、オオヤ歯科医院のサイト(2つのサイトをお持ちだ)をリンクしていなかったのだ。この場を借りて、これまでのご無礼を心からお詫び申し上げます。本当に申し訳ありませんでした。

そこで遅ればせながら、リンクとTMSネットワークに追加させていただいた。TMSジャパン⇒「リンク」⇒「TMS関連」と「TMSネットワーク」でご確認願いたい。TMSジャパン・メソッド2006を受講している上に、プレゼンテーションのデータもお持ちなので(来週にはお送りします)、お近くの方はぜひ相談してみてほしい。

大矢先生、今後ともご指導ご鞭撻のほどを、何卒よろしくお願い申し上げます。m(_ _)m
posted by 長谷川 淳史 at 00:44| 更新履歴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月05日

銀座デビュー

訳あって今回ばかりは2〜3日絶食しなければならないと覚悟していたところ、数ヶ月前の「TMSジャパン・メソッド」で初めてお会いした、都内某有名医科大学整形外科のA助教授が食事をご馳走してくれることになった。こんなタイミングでメシにありつけるなんて、奇跡といっても過言ではない。

待ち合わせ場所は、いつも「TMSジャパン・メソッド」で使わせてもらっている六本木のホテルアイビス。そこからタクシーで銀座へと向かう。道路の両脇には、黒塗りのレクサスやらBMWやらベンツやらが停まっていて、あんな車やこんな車もあった。

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あんな車

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こんな車

まるでアカデミー賞の授賞式会場。これが銀座の夜というものか。

で、まずは京料理の「京ふじ」という店で最高級の懐石料理をいただく。26時間ぶりの食事だったからではなく、どれもこれもが本当に美味しかった。特に生まれて初めて食べたスッポン鍋とマツタケの網焼きが美味。それにマツタケご飯、漬物、味噌汁が最高。

次に向かったのは、銀座の一流クラブとして有名なポルシェビル5Fの「グレ」。ここはえらく混雑していて、A助教授の名前でキープしてあったヘネシーXOを1杯だけ飲んで席を立つ。

そして、やはり老舗高級クラブ「セントポーリア」の姉妹店である「ステラ」というバーに連れて行っていただく。ここはとても落ち着いた雰囲気のお店で、時間が経つのを忘れて楽しく飲んでしまった。

その夜、近くにある「セントポーリア」では、開店32周年祝賀パーティーが催されていたらしく、A助教授が来店していることを聞きつけてママさんや専務取締役などが集まってくる。そこでまた話が盛り上がり、気が付くと終電時間はとうに過ぎて午前1時を回っていた。

そろそろ帰ろうかということになり、外に出ると運転手付きの白いベンツが待っていた。ママさんのベンツだとかで、A助教授と一緒に送っていただいた。しかも、32周年記念の大きな赤飯まで持たされた。信じられない。こんな夢のようなことがあっていいのだろうか。

こうして銀座デビューを果たした赤い彗星だが、A助教授はいったいいくらのお金を使ったのだろう。車の1台や2台は買えるほどの出費だったに違いない。これはえらいことになってしまった。このご恩をどうやって返せばいいのだろう。もしよろしかったら腎臓でもひとつ差し上げましょうか。アレでしたら、睾丸をふたつ付けさせていただきますけど、どうします?

いずれにせよ、A助教授のお話もたっぷり拝聴できてとても勉強になった。驚いたことに、A助教授がいる某医科大学病院内の書店では、拙著を平積みにして販売しているというではないか。何ということだろう。いくら感謝しても感謝しきれないほどありがたい。やはり睾丸はふたつサービスで付けるべきだ。

あ、そうそう、「ステラ」のママさんたちがこのブログを見るかもしれないので、ちょっとお店の宣伝をしておく。中央区銀座7-3-9第14丸源ビル3Fの「Stella」で、ヤナセの近くである。みなさま、その節はどうもありがとうございました。

中でも、子どもの頃から江原啓之さんのような能力があるという無口な女性に、「あなたはまだ大丈夫。今は持っている力の40%しか出していない。まだまだ力を発揮できる」といわれた。もうそろそろ燃え尽きそうだと思っていた赤い彗星にとって、この言葉は実に嬉しかった。どうもありがとうございます。その言葉はけっして忘れません。

最後に、「もっと肩の力を抜け」「もっとリラックスしろ」と何度も何度も繰り返してくださったA助教授、この度は誠にありがとうございました。お陰様で約20年ぶりに気分転換することができました。ご無礼の段も多々あったかと思いますが、どうかこれに懲りず、今後ともご指導くださいますよう心からお願い申し上げます。
posted by 長谷川 淳史 at 10:59| 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする