これらのガイドラインが一貫して主張しているのは、腰下肢痛患者を診察する際、一部の例外(全腰下肢痛患者の1〜5%)を除いて画像検査は必要ないということである。これは急性腰痛だろうと慢性腰痛だろうと再発性腰痛だろうと同じことで、腰痛疾患の診断には問診と簡単な理学検査で十分なのだ。
ところが日本では、ほぼ100%といっていいほど画像検査を実施する。これが患者の利益になるのなら大いに結構なことである。X線撮影でもミエログラフィーでもCTでも、ビシバシ撮っていただきたい。しかし、これらの画像検査にはどうしても放射線被曝という問題がつきまとう。
実のところ、1回の腰部X線撮影による被曝量は、胸部X線撮影に換算すると150回分に相当し(Clinical Guidelines for the Management of Acute Low Back Pain,2001)、脊椎分離症を確認するための斜位像ではその2倍の被曝量になる。また、腰部を4方向(前後像、側面像、斜位像)から撮影した場合の卵巣への被曝量は、装置によっては1回で6年間、16年間、あるいは98年間、毎日胸部X線撮影をした被曝量に匹敵する(Hall FM,1980)。さらに、検査回数や撮影枚数に制限のないCTにいたっては、X線撮影の数10倍の放射線量を必要とし、胸部撮影だけで比較すれば単純X線撮影の400倍の被曝量となる。
ことに日本は、きわめて危機的な状況にあることが明らかとなった。イギリスのバーリントン・デ・ゴンザレスとダービーは、15カ国の医療先進国を対象に、X線を用いた画像検査による年間被曝量と日本の原爆被爆者のデータを基に、がんを発症する危険率を調査したのである。その結果、年間画像検査実施率も画像検査によってがんを発症する危険率も、日本が世界一であることが判明したのだ(Berrington de Gonzalez A & Darby S,2004)。


これは日本のCT普及率が世界一であることが反映しているらしいが、この地球上で唯一の原爆被爆国である日本が、何が悲しくて画像検査でがん患者を増やさなければならないのか。しかも同胞の手によって、毎年9905名のがん患者を生み出しているのである(Berrington de Gonzalez A & Darby S,2004)。


この事実はけっして誇れるものではないし、腰痛疾患に対するX線画像検査を正当化できるものでもない。それにもかかわらず、厚生労働省も日本医師会もマスコミも沈黙を守ったまま動こうとしない。いや、沈黙しているだけならまだいい。何を思ったのか、この論文の発表直後に共同広告機構がマンモグラフィーの定期健診を薦めるCMを流し、PETドックを推奨するキャンペーンまでが始まっている(註:マンモグラフィーもPETも被曝量はきわめて少ない)。いずれも費用対効果が低い検査法だという証拠があるのに、その事実を無視してまで行なう必要があるのだろうか。
そもそも、画像診断技術(X線撮影、CT、MRIなど)が向上したからといって、腰痛疾患の改善率も向上したという事実はない。それどころか、かえって患者の回復を遅らせ(Kendrick D.et al,2001)、手術実施率の増加や医療費の高騰を招いている可能性すら指摘されている(Jarvik JG.et al,2003)。したがって、画像検査の実施は、生命に関わるような危険な疾患が疑われる患者か、手術を検討している患者に限定すべきなのである(Jarvik JG & Deyo RA,2002)。
考えてみてほしい。治療しなければならないのは、患者の症状であって画像所見ではない。画像検査で見つかった異常らしきものを、腰下肢痛の原因だと決めつけて医療の対象にする時代は、すでに終焉を迎えているのだ。
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