カレルのいうことは正しいと思う。しかし、腰痛疾患が「生物・心理・社会的疼痛症候群」であることが明らかになった以上、政治的問題にも目を向けざるをえない。
18日、医療制度改革という大義名分のもとに、来年度から診療報酬を大幅に引き下げることになった。過去最大の下げ幅だそうで、この診療報酬改定で国庫負担金を2400億円削減できるという。経済的に不自由な人間が口を挟むのもおこがましいが、これは明らかにおかしい。EBMの手法を用いて医療の質を向上させれば、おのずと医療費は抑えられるはずだ。本末転倒とはこのことである。
「これでは質の高い医療の提供は難しくなる」
「ただでさえ人手不足なのに、勤務医が病院をどんどん辞めていってしまう」
「人手が必要な救急外来などは、機能を停止してしまうだろう」
「ここ数年のうちに、100床以下の病院が相次いで倒産することになる」
案の定、医療現場からは猛反発が起きている。それはそうだろう。勤務医の月給は開業医の半分以下で、自分の年齢を上回ることはないという話まである。それでいて月に5回以上も宿直し、宿直明けのまま夜まで診療を続けることも多いという。これで医療事故が起きないのが不思議なくらいだ。
「まじめな医師が燃え尽き症候群で倒れ、医師を辞めて転職した人をさんざん見てきた」
なんとも痛ましいことである。こうした過労死寸前のまじめな医師には、仕事が終わってから勉強しろとは口が裂けてもいえない。
「ジェネリック医薬品の使用量を増やし、不必要な診療をやめれば医療費の削減は可能なのではないか」
これだ。この意見を待っていた。日本はX線を用いた画像検査の頻度が世界一なのはすでに述べた。他の医療先進国とこれだけ格差があるというのは、いったいどういうことだろう。日本は世界一医療が進んでいる国であり、その輝かしい医療水準を保つ上で、画像診断は必要不可欠な医療行為ということか。そうであることを願いたいが、このグラフを見るとどうもその逆なような気がしてならない。気のせいか?


腰痛疾患に限れば、画像検査が必要なのは1〜5%ということになる。少々多めに見積もったところで10%程度に抑えられるはずだ。1回の腰部撮影で12,800円もかかるCTの保有台数を考えれば、これだけでもずいぶん医療費の節約になるのではないだろうか。

それからもうひとつ有力な奥の手がある。すでにお気づきの方もいると思うが、新しい腰痛概念のマルチメディアキャンペーンを展開するのである。腰痛研究者にとってはノーベル賞にも匹敵する、国際腰椎学会でボルボ賞を受賞したお墨付きの方法だ。
オーストラリアのバックバインダーらの研究チームは、ビクトリア州で『腰痛に屈するな!』(Back Pain:Don’t Take It Lying Down!)と銘打った大規模なマルチメディアキャンペーンを実施し、新しい腰痛概念に基づく情報提供だけで、腰痛による欠勤日数の減少、労災申請件数の15%減少、医療費の20%削減に成功している。その経済効果は、労働損失額を差し引いても33億円を超えていたという(Buchbinder R.et al,2001)(Buchbinder R.et al,2001)。
具体的には、イギリスの「The Back Book」から抜粋した単純なメッセージ、すなわち「安静にしてはいけない」「痛みの許す範囲内で日常生活を続けなさい」「できるだけ仕事を休んではいけない」というアドバイスを、ゴールデンアワーのテレビCM、ラジオ、新聞や雑誌の広告、ポスターなどで告知すると同時に、「The Back Book」を16カ国語に翻訳して広く配布するというものである。

医療の質を落とさずに医療費を削減させるには、正しい情報を広く国民に知らせるのがもっとも有効だということが証明されたわけだ。ビクトリア州の人口は約500万人である。もし仮に、日本全国で同じキャンペーンを行なったとすれば、1000億円近くが節約できる計算になる。オーストラリアでできたことが、日本でできないはずはない! この事実をマスコミ関係者はどう考えているのだろう。