2005年12月23日

ステップ2:文献検索

ステップ2では、疑問点の解決につながる医学文献をくまなく検索する。

当然ながら、たまたま手元にある文献を簡単に信用してしまうのと、人類はじまって以来、あるテーマについて研究された論文をすべてチェックした上で、信頼に値するものかを検討するのとでは雲泥の開きがある。

現在、世界中で出版されている生物医学系雑誌は2万誌以上あり、毎年200万件を超える論文が発表されている。これらの論文を積み重ねると500メートルの高さにも達する(チャーマーズ・イアイン&アルトマン・ダグラス,2000)。もし10年分の論文を集めたとしたら、富士山よりはるかに高い5000メートルを超えるだろう。人間が生存できる限界高度だ。

ちなみに、ジョン・サーノがTMS理論を発表したのは、1984年発行の『Mind Over Back Pain』が最初である。約20年前ということは、このあとに発表された論文はゆうに1万メートルを超えてエベレストより高くなっている。したがって、TMS理論はもう古いといわざるをえないのだ。

さて、このとてつもない情報量の中から必要な文献をもれなく収集するのは、どんなにがんばってみたところで一個人の手に負えるものではない。そこでコンピュータが必要になる。コンピュータの高度な検索機能がなければ、たとえ生涯を賭けて取り組んだとしても不可能だ。

もうお気づきだろう。実をいうとEBMは、IT(Information Technology:情報通信技術)革命がもたらした産物なのである。

しかし、コンピュータさえあればそれで事足りるというわけではない。医学文献を効率的に検索するには、情報量が豊富で更新スピードの速い情報源が必要である。

その代表的な文献データベースに「MEDLINE」がある。これはアメリカ国立医学図書館が誇る世界最大の医学文献データベースで、アメリカを中心に約70カ国で出版された3800誌の医学雑誌から、1966年以降に発表された900万件を超える文献が収録されている。年間40万件のペースで新たな文献が追加されていて、そのデータは毎週更新されるので常に最新の医学情報が手に入れられる。現在ではインターネットを介して無料で利用できる。

「EMBASE」は、Elsevier社が運営している文献データベースで、「MEDLINE」とともに医学分野では代表的な情報源である。収録範囲は医学を中心に生命科学全体をカバーし、特に医薬品関連が充実している。世界70カ国で出版された6500誌の医科学系雑誌から、1974年以降に発表された1600万件を超える文献が収録され、年間60万件のペースで新たな文献が毎日追加されている。有料になるが、これもインターネットを介して利用できる。

「コクランライブラリー」は、1992年にイギリスの国民保健サービスの一環として始まった「コクラン共同計画」によるデータベースで、臨床医学の様々なテーマに関する無作為対照試験の体系的レビュー(あるテーマに関する臨床試験を世界中から集めて批判的に吟味したもので、第一級のエビデンスとみなされている)を中心に構成されており、治療に力点をおいているという特徴がある。

「医学中央雑誌」は、国内医学文献の抄録誌として1903年に創刊されたもので、収録範囲は生理学、生化学などの基礎分野から臨床医学の各分野、獣医学、看護学、社会医学など広範囲におよんでいる。国内で出版された2400誌の専門雑誌の中から560万件の文献が収録され、年間30万件のペースで新たに追加されている。現在では、冊子、CD-ROM、インターネットからでも利用可能で、国内医学文献情報のデータベースとして重要な役割を果たしている。

また、インターネット上で世界最大のサーチエンジンとして名高いグーグル(Google)社は、2004年に学術論文専用サーチエンジン「Google Scholar」のベータ版を発表した。このサーチエンジンは、学問分野を限定していないのでさまざまな分野を横断的に検索でき、引用回数を重視した独自のアルゴリズムを採用することで重要性の高い文献をリストアップしてくれる。したがって、他のデータベースで検索してもヒットしなかった文献も検出できる可能性がある。

以上のような情報源を駆使して文献を検索するわけだが、札幌医科大学付属図書館では国内唯一の学外者文献複写サービスを行なっているし、最近では論文の全文をインターネット上で公開する医学雑誌も増えつつあり、数年前に比べると医学文献を入手する環境はかなり整ってきたといえる。

ただし、検出した論文をそのまま鵜呑みにしてはいけない。研究報告には多種多様なバイアス(偏り)があることを念頭におく必要がある。

1.研究段階バイアス(Submission Bias)
研究費の獲得や自身のポストなどの問題から、研究者は研究の企画段階からすでにできるだけ有意差のある研究データや結果を求める傾向があり、研究にとってマイナスだと思われるデータを排除したり、あるいは排除しないまでもデータの公表を遅延したりする傾向がある。

2.出版バイアス(Publication Bias)
研究グループのメンバーも、医学専門誌の編集者も、やはりできるだけ有意差のある結果を掲載したがる傾向がある。また、医薬品メーカーがスポンサーだった場合、新薬の治験データの公表に関して危惧される点は多い。

3.方法論的バイアス(Methodological Bias)
研究方法に問題がある場合のほとんどは、有意差のある結果となり、また問題が多いほどより有意差のある方向へ偏る傾向がある。

4.要約バイアス(abstracting bias)
特に要約の内容だけを検索データとしているデータベースが陥りやすいもので、本文より要約の方がより有意差を強調する傾向がある。

5.計算値上バイアス(Framing Bias)
統計計算上の偏りからくるもので、相対危険率などは、陽性バイアスの原因となる。

6.言語バイアス(language bias)
有意差が確認された無作為対照試験は、自国語よりも英語で報告される傾向がある。

医学文献データベースを使ってもこれだけのバイアスが潜んでいる。インターネット上ではこの傾向がさらに強く、患者や家族がインターネットを利用して偏った情報ばかりを収集しているという問題も浮上している。

それは、偏りのない根拠に基づく情報を提供しているウェヴサイトがほとんどない(腰痛に関しては全世界でわずか9件しかない)からである(Li L.et al,2001)。インターネット上では確信犯的なゴミ情報が氾濫しているので、十分に注意していただきたい。いわば、誤報という名の荒波の中で、危なっかしいサーフィンをしているわけだ。
posted by 長谷川 淳史 at 00:03| EBM | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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