2005年12月31日

慢性腰痛の診断用分類(Diagnostic Triage)

慢性腰痛に苦しんでいる患者は、ほぼ例外なく急性腰痛の段階で医師の診察を受けているはずだ。しかし不幸なことに、腰痛診療ガイドラインの勧告に従って評価された患者は、おそらく皆無といっていいのではないだろうか。そこで、これから紹介していくヨーロッパガイドラインを参考に、これまで抱えていた慢性腰痛を新たに再評価していただきたい。

現在、世界各国すべての急性腰痛診療ガイドラインが、腰痛疾患を「重大な脊椎病変の可能性」「非特異的腰痛」「神経根症状」の3つに分類することを推奨しているが、この診断用分類は慢性腰痛にも適用される。

診断用分類.jpg

まず「重大な脊椎病変の可能性」レッドフラッグと呼ばれ、悪性腫瘍、脊椎感染症、骨折、解離性大動脈瘤、強直性脊椎炎、馬尾症候群の存在を疑わせる危険信号である。

ノルウェーの診療ガイドラインでは、全腰痛患者の1〜5%にしか認められないとしているが(Acute Low Back Pain Interdisciplinary Clinical Guidelines,2002)、いくら頻度が少ないとはいえレッドフラッグはきわめて重要なサインなので、以下に具体例を挙げておく。

◆発症年齢が20歳未満か55歳超
◆最近の激しい外傷歴(高所からの転落、交通事故など)
◆進行性の絶え間ない痛み(夜間痛、楽な姿勢がない、動作と無関係)
◆胸部痛
◆悪性腫瘍の病歴
◆長期間にわたる副腎皮質ホルモン(ステロイド剤)の使用歴
◆非合法薬物の静脈注射、免疫抑制剤の使用、HIVポジティブ
◆全般的な体調不良
◆原因不明の体重減少
◆腰部の強い屈曲制限の持続
◆脊椎叩打痛
◆身体の変形
◆発熱
◆膀胱直腸障害とサドル麻痺

このリストに該当するものがひとつでもあれば、必ず重大な疾患が潜んでいるというわけではないが、危険な疾患を除外するために画像検査や血液検査を受けた方がよい。該当項目が複数ある場合はなおさらで、絶対に画像検査と血液検査が必要だ。

もしレッドフラッグに該当する項目がひとつもなければ、重大な脊椎病変が存在する可能性は99%ないといってよい。なぜなら、レッドフラッグのない腰痛患者がX線診断によって重大な脊椎病変が検出されるのは、わずか2500人に1人(0.04%)でしかいないことが明らかになっているからだ(Waddell G,1999)

ちなみに、アメリカのスリップマンらの研究チームは、33の大学病院と18の私立病院から腰痛患者19,312名分のデータを取り寄せ、原発性もしくは転移性の悪性腫瘍によって腰痛を訴える患者の頻度を調査している。

それによると、全腰痛患者の中で悪性腫瘍が見つかったのは、大学病院で0.69%、私立病院で0.12%だったという。そしてその平均年齢は65歳で、夜間痛、うずくような痛み、動作と無関係の自発痛、がん病歴、原因不明の体重減少、立位と歩行で痛みが誘発される患者が多く、VAS(Visual Analog Scale)の平均値は6.8と強い痛みを訴える傾向にあったと報告している(Slipman CW.et al,2003)

次の「非特異的腰痛」というのは、腰椎部、仙骨部、臀部、大腿部の痛みを訴える場合で、楽な姿勢がある、動作によって痛みが変化するといった特徴がある。全腰痛患者に占める割合は80〜90%で(Acute Low Back Pain Interdisciplinary Clinical Guidelines,2002)、6週間以内に90%の患者が自然に回復する(Clinical Guidelines for the Management of Acute Low Back Pain,2001)

最後の「神経根症状」というのは、腰痛よりも下肢痛(主に片側か片側優位)の方が強く、膝下からつま先まで痛みが放散したり、しびれや知覚異常、筋力低下がみられたりする場合である。全腰痛患者に占める割合は5〜10%で(Acute Low Back Pain Interdisciplinary Clinical Guidelines,2002)、6週間以内に50%の患者が自然に回復する(Clinical Guidelines for the Management of Acute Low Back Pain,2001)

幸いなことに、「非特異的腰痛」「神経根症状」のふたつはグリーンライトと呼ばれ、ある決まった経過をたどって自然に回復する予後良好の自己限定性疾患(self-limited disease)である。つまり、軽い風邪をひいた、ちょっとお腹をこわした、あるいはさかむけ(ささくれ)ができたのと同じで、治療の有無にかかわらず時間が解決してくれる。

この鑑別診断システムの有効性を証明する研究は存在しないものの(レベルD)、その重要性と基本原理については一般的なコンセンサスがある。

すなわち、ほとんどの腰痛疾患は生物学的損傷ではなく、生物・心理・社会的疼痛症候群であると同時に予後良好の自己限定性疾患である。さらに、患者の不安や恐怖をあおり、生物学的損傷を匂わせるような「変形性脊椎症」「椎間板ヘルニア」「脊椎辷り症」「脊椎の不安定性」「関節可動域の大小」などといった用語の使用は避けるべきであり、患者を安心させるのが望ましいという点でコンセンサスがあるのだ。
posted by 長谷川 淳史 at 00:09| 診断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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