2006年01月02日

慢性腰痛の予後因子(Prognostic Factors)

予後因子とは、再発の頻度、腰痛の持続期間、活動障害の程度、休職期間、費用の問題など、患者の転帰(結果)に影響を与えるすべての因子を意味し、その研究は予後に関する臨床試験と危険因子の疫学調査によってなされ、理想的には無作為対照試験か、もしくはすべての患者が同じ治療を受けているのが望ましい(Altman DG,2001)

この基準を満たした慢性腰痛に関する7件の体系的レビュー(Pengel LH.et al,2003) (Borge JA.et al,2001)(Hoogendoorn WE.et al,2000)(Hunter J,2001)(Pincus T.et al, 2002)(Shaw WS.et al,2001)(Waddell and Burton,2001) 、2件の無作為対照試験(Kalauokalani D.et al,2001) (Niemisto L.et al,2004) 、4件のコホート研究(van der Giezen AM .et al,2000) (Schultz IZ.et al,2004) (Fransen M.et al,2002) (Hunt DG.et al,2002) を批判的に吟味した結果、以下の事実が明らかとなった。

【1】職場の支援が乏しいと急性腰痛が慢性化しやすいという強力な証拠がある(レベルA)。

【2】腰痛によって長期間(1〜3カ月以上)仕事を休んでいると、通常業務に復帰するのは難しくなり、休職期間が長くなるにつれて復職のチャンスが失われてゆき、職場復帰へ向けた治療も効かなくなるという強力な証拠がある(レベルA)。

【3】心理社会的苦痛、抑うつ気分、痛みと活動障害の深刻度、過度な症状の訴え、患者の予想、そして発症前のエピソードは、慢性化の予後因子だという中等度の証拠がある(レベルB)。

【4】転職を繰り返すために在職期間が短い、業務内容の変更が許されない重労働、神経根症状の存在は、慢性化の予後因子だという中等度の証拠がある(レベルB)。

【5】神経根症状を除いた理学所見は、慢性化の予後因子だという中等度の証拠がある(レベルB)。

これらのエビデンスに基づき、ヨーロッパガイドラインは慢性腰痛の予後因子である職業的背景、心理社会的苦痛、患者の予想、そして過度な症状の訴えの有無などといったイエローフラッグを評価するようにと勧告している。

赤緑黄.jpg

レッドフラッグ生物学的危険因子だとするなら、イエローフラッグ心理社会的危険因子といえるもので、腰痛発症に深く関わり、腰痛を慢性化させ、職場復帰を遅らせ、再発率を高める危険因子である(Linton SJ, 2000)

このイエローフラッグについては、ニュージーランドの診療ガイドラインがもっとも詳しいので、ここでもう一度その具体的な内容を紹介しておく(Guide to Assessing Psychosocial Yellow Flags in Acute Low Back Pain,2004)

【1】腰痛に対する不適切な態度と信念
1.腰痛は有害だと信じ込んでいるか、あるいは痛みへの恐怖心から回避行動(動作恐怖と極端な用心深さ)をとり続けているため、そのうち車椅子生活や寝たきりになるかもしれないと思っている。
2.痛みが完全に消えてからでなければ、日常生活や仕事には戻れないと考えている。
3.日常生活や仕事によって痛みが強くなると信じ込んでいて、元の生活に戻るのが不安である。
4.今の自分は絶望的で最悪の事態に陥っているなどと、身体の症状に対して誤った解釈をしている。
5.痛みを消すのは難しいと信じ込んでいる。
6.積極的に社会復帰しようとは思えない。

【2】不適切な行動
1.長い間安静にしたり、必要以上に休息をとったりする。
2.日常生活動作を避けているために運動不足である。
3.運動に関する指示を守らず、気が向いた時にしか身体を動かさないので、日によって運動量が大きく異なる。
4.通常活動から逃れたいばかりに、徐々に生産的な活動から離れていくような生き方に変わってきた。
5.0〜10までの疼痛尺度で、10を超えるようなきわめて激しい痛みを訴える。
6.治療者や医療機器に対する依存心が強い。
7.腰痛を発症してからあまりよく眠れない。
8.腰痛を発症してからアルコールやサプリメントなどの摂取量が増え続けている。
9.喫煙習慣がある。

【3】補償問題
1.職場復帰に対する経済的動機が乏しい。
2.生活保護(所得保障)や医療費の問題で紛争していて、その解決が遅れている。
3.腰痛以外の傷害や痛みの問題で補償請求をしたことがある。
4.腰痛以外の傷害や痛みの問題で仕事を3ヵ月以上休んだことがある。
5.前回の腰痛でも補償請求と長期欠勤をしていた。
6.過去に効果の上がらない治療を受けた(関心を示してもらえなかった、ひどいことをされたと感じた)経験がある。

【4】診断と治療の問題
1.機能回復を目指す治療は行なわずに安静を指示された。
2.腰痛に関して異なる診断や説明を受けて混乱した経験がある。
3.絶望感と恐怖心をいだかせる(車椅子生活を連想させるような)診断名を告げられた。
4.受け身的な治療を続けているうちに治療への依存心が強くなり、腰痛がさらに悪化している。
5.昨年、今回の腰痛以外の問題で何度か医療機関を受診している。
6.身体を機械のように考えていて、その修理を求めるような技術的な治療法への期待感がある。
7.これまで受けてきた腰痛治療に対して不満がある。
8.仕事をやめなさいというアドバイスを受けたことがある。

【5】感情の問題
1.日常生活や仕事によって強くなった痛みに対する恐怖心がある。
2.抑うつ状態(ことに長期間にわたる気分の落ち込み)があり、楽しいと思えることがない。
3.普段よりとても怒りっぽい。
4.不安が強くて身体感覚が過敏になっている(パニック障害も含む)。
5.自分の気持ちを抑えられないほどの大きなストレスを感じている。
6.社会的不安があり、社会活動にも興味がない。
7.自分は役立たずで、誰にも必要とされていないと感じている。

【6】家族の問題
1.配偶者やパートナーが過保護である、あるいは痛みに対する恐怖心をあおったり、絶望的な気持ちにさせたりする(たいていは善意からのもの)。
2.仕事を代わりにしてくれるなど、配偶者やパートナーが熱心に気遣ってくれる。
3.無視したり欲求不満をぶつけたりなど、配偶者やパートナーからひどい仕打ちを受けている。
4.職場復帰へ向けたあらゆる試みに家族の協力が得られない。
5.さまざまな問題について語り合える相手がいない。

【7】仕事の問題
1.漁業、林業、農業、建設業、看護師、トラック運転手、作業員などの肉体労働をしていた。
2.頻繁に転職を繰り返す、ストレスの多い仕事、不満のある仕事、同僚や上司との関係がうまくいかない、やりがいのない仕事などをしていた。
3.仕事は腰にダメージを与え、危険で有害なものだと信じ込んでいる。
4.非協力的で不幸な職場環境で働いている。
5.学歴が低く、社会経済的地位も低い。
6.物を持ち上げる、重い物を扱う、座りっぱなし、立ちっぱなし、車の運転、振動、同じ姿勢をとり続ける、休暇が取れない柔軟性のない勤務スケジュールなど、生体力学的影響を強く受ける仕事をしている。
7.24時間交代勤務制、もしくは人が働かないような時間に仕事をしている。
8.職場復帰する際、軽い仕事から始めたり、段階的に勤務時間を増やしたりすることが許されない。
9.腰痛に対する会社側の対応で嫌な思いをしたことがある(腰痛になったことを報告するシステムがない、報告が禁止されている、経営者や上司からの懲罰的な反応など)。
10.会社側が関心を持ってくれない。

慢性腰痛の回復を妨げているのはこれらのイエローフラッグであり、認知行動療法によって適切に対処すべきである。
posted by 長谷川 淳史 at 00:08| 診断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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