受動的下肢伸展挙上テスト(PSLR:Passive Straight Leg Raising Test)とは、患者を仰向けに寝かせてリラックスしてもらい、脚をまっすぐ伸ばした状態で、検者が患者のかかとをゆっくり持ち上げていくテストで、痛みを感じた角度と痛みの場所を記録する。
もしこのテストで片方のハムストリングス(大腿後面)に緊張を感じるか、片方の下肢痛が誘発されるか、あるいは両脚が50度以下で痛みを感じたとしたら、その症状が消える角度までゆっくり脚を下ろし、足関節を背屈させる(ブラガードサイン)、股関節を内旋して内転させる(ボネットサイン)、患者に首を屈曲してもらう(ケルニッヒサイン)。このどれかで痛みが再現された場合は、神経根の緊張が高まったと考えられ、PSLR陽性と判定する。
PSLRについては2件の体系的レビューが確認されており、いずれも椎間板ヘルニアに対する診断精度を検討したもので、採用した論文はすべて質の高い研究だった(Deville WL.et al,2000)、(Rebain R.et al,2002)。
17件の論文を調査したデンマークのドヴィルらによると、PSLRは感度は高い(0.91)ものの特異度は低く(0.26)、持ち上げた脚の反対側の脚に痛みが生じる Crossed Straight Leg Raising Test の感度は0.29、特異度は0.88だったことから、PSLRの神経根症状に対する臨床的有用性は乏しいと結論づけている(Deville WL.et al,2000)。
20件の論文を調査したイギリスのリベインらも、PSLRの高い感度(0.8)と低い特異度(0.4)を指摘したうえで、このテストの標準的な方法はいまだに確立されておらず、結果の解釈についてもコンセンサスがないばかりか、PSLRが陰性だからといって陽性より診断価値があるとはいえないと結論づけている(Rebain R.et al,2002)。
スターティックパルペーション(静的触診法:Static Palpation)とは、患者を静止させたまま脊柱の形状、筋肉や靭帯の緊張、刺激に対する過敏性、下肢長差などを調べる触診法で、モーションパルペーション(動的触診法:Motion Palpation)とは、脊椎を動かしながら関節の可動制限を調べる触診法である。いずれもカイロプラクティックを代表とする脊椎マニピュレーションの適用性判断、もしくはその有効性を評価するために用いられている。
脊椎パルペーションについては質の高い2件の体系的レビューが確認されており、腰痛、背部痛、頚部痛、腰骨盤痛に対するモーションパルペーション、疼痛誘発テスト、軟部組織テスト、カイロプラクティックテストの診断精度を評価している(Seffinger MA.et al,2004)、(Hestbaek L & Leboeuf-Yde C,2000)。
アメリカのセフィンガーらの体系的レビューは、脊椎パルペーションに関する797件の論文の中から、診断精度に関する論文を49件まで絞り込んでいるが(Seffinger MA.et al,2004)、ヨーロッパガイドラインはさらに腰部のパルペーションを扱っている22件の論文を抽出し、モーションパルペーションの信頼性(Bergstrom E & Courtis G,1986)、(Binkley J.et al,1995)、(Boline P.et al,1988)、(Grant A & Spadon R,1985)、(Inscoe E.et al,1995)、(Lindsay DM.et al,1994)、(Maher CG.et al,1998)、(Mastriani P & Woodman K,1991)、(Mootz RD.et al,1989)、(Phillips DR & Twomey LT,2000)、(Rhudy T.et al,1988)、(Richter T & Lawall J,1993)、(Strender LE.et al,1997)、疼痛誘発テストの信頼性(Boline P.et al,1988)、(Boline PD.et al,1993)、(Hsieh CY.et al,2000)、(Maher C & Adams R,1994)、(McCombe PF.et al,1989)、(Nice DA.et al,1992)、(Richter T & Lawall J,1993)、(Strender LE.et al,1997)、(Waddell G.et al,1982)、そして軟部組織テストの信頼性(Binkley J.et al,1995)、(Boline P.et al,1988)、(Byfield D & Humphreys K,1992)、(Downey BJ.et al,1999)、(Hsieh CY.et al,2000)、(McKenzie AM & Taylor NF,1997)について検討している。
ここでいう信頼性とは感度や特異度のことではなく、複数の検者が同じ条件下で行なったテスト結果の一致率(interexaminer:検者間の信頼性)と、ひとりの検者が時期をあらためて行なったテスト結果の一致率(intraexaminer:検者内の信頼性)を意味し、それぞれの一致率が高いほどバラツキが少なく信頼性の高いテストということになる。
それから、Kappa統計量もしくはΚ値(kappa value)についても説明しておきたい。これは検者間の一致率(interexaminer)と検者内の一致率(intraexaminer)を評価する方法で、やはり高ければ高いほどよい。ちなみに、0%〜40%は低い、40%〜60%は中等度、60%〜80%はかなり高い、80%〜100%はほぼ完璧とみなされる。
この体系的レビューで受け入れ可能な信頼性(Κ値が40%以上)を示したテストは、検者内腰椎モーションパルペーション、L4-L5とL5-S1の検者間疼痛誘発テスト、腰椎周辺の検者間トリガーポイントだけであり、検者間腰椎モーションパルペーションについては結論が一致せず、ほとんどの腰椎パルペーションは信頼性に欠けることが証明された。
Kappa統計量を採用した研究では、疼痛誘発テストが64%、可動域測定が58%、棘突起の不整列テストが33%、軟部組織テストが0%となり、腰椎モーションパルペーションより可動域測定の方が信頼できることも判明した。
全般的に検者間よりも、検者内の信頼性の方がより高い傾向にあり、脊椎周辺の軟部組織テストは、研修医や手技療法家がもっとも頻繁に用いる触診法であるにもかかわらず、検者間の信頼性が低かった。しかも、いくら臨床経験が長くても信頼性は向上しないばかりか、検者間のコンセンサスを確認し、試験の直前にトレーニングしても軟部組織テストの信頼性は上がらなかったという。
また、デンマークのヘストベークらの体系的レビューは、腰骨盤痛に対する脊椎マニピュレーションの適用性を判断するために行なわれる、カイロプラクティックテスト(アジャスティングテクニック、モーションパルペーション、可動域測定、下肢長差測定、アプライドキネシオロジー、仙骨後頭骨テクニック)の信頼性と有効性を評価している(Hestbaek L & Leboeuf-Yde C,2000)。
それによると、受け入れ可能なのは疼痛誘発テストただひとつだけであり、腰椎のモーションパルペーションは有効かもしれないが信頼性に欠けていたのに対し、仙腸関節のモーションパルペーションは信頼できるかもしれないが有効性が証明されなかった。
下肢長差測定はX線写真と相関性があるように思われたが、測定方法と結果の解釈についてのコンセンサスは存在しない。
仙骨後頭骨テクニックの適用性を判断するためのアームフォッサテストは、その妥当性を支持する証拠がほんのわずかしかなく、ほとんど論文化されていない。
アプライドキネシオロジーに関する論文は入手できず、軟部組織(筋肉や靭帯)の触診、棘突起の不整列を調べる触診、外観(目視)検査についても、論文化されていないために信頼できない、もしくは有効ではないと結論づけている。
この2件の体系的レビューから、以下の事実が明らかとなった。
【1】現時点では、受動的下肢伸展挙上テストの診断精度を正確に評価できない(レベルB)。
【2】腰痛に対する脊椎パルペーションの信頼性に関する結論は一致していない(レベルC)。
【3】疼痛誘発テストは触診法の中でもっとも信頼できるという中等度の証拠がある(レベルB)。
【4】筋肉や靭帯の状態を調べる軟部組織テストは、信頼できないという強力な証拠がある(レベルA)。
【5】腰椎モーションパルペーションよりも、可動域測定の方が信頼できるという強力な証拠がある。(レベルA)。
【6】すべての触診法において、検者間の信頼性よりも、検者内の信頼性の方がより高いという強力な証拠がある(レベルA)。
【7】触診法の信頼性と有効性が立証できないため、操作可能な損傷の存在は依然として仮説の域を出ないという中等度の証拠がある(レベルB)。
これらのエビデンスに基づきヨーロッパガイドラインは、慢性腰痛の診断において脊椎パルペーションと可動域測定は推奨できないとし、慢性腰痛患者には診断用分類による再評価とイエローフラッグの評価を推奨すると勧告している。