2006年11月27日

ニューロマトリックス理論

「井の中の蛙大海を知らず」とはよく言ったものである。腰痛ばかりを追いかけているうちに、痛みを説明するモデルが大きく変わっていたことにまったく気づかなかった。これはヤバイぞ。

先日も報告したように、ゲートコントロール理論(Gate control theory)で有名なRonald Melzackが、その理論をさらに発展させたニューロマトリックス理論(Neuromatrix theory)を発表したことを知った。その話に興味津々だった赤い彗星を見たA助教授は、ニューロマトリックス理論の論文をわざわざ速達で送ってくださった。

この「Pain」という雑誌は旭川医大付属図書館にはないので、麻酔科の医局まで借りに行ってコピーしなければならない。ちなみに「Spine」という雑誌も図書館にはなく、整形外科の医局へ借りに行かなければならない。どの医局へ行くにしても、図書館からは結構な距離があるので、走り回っているとえらく息が切れる。

ありがたいことにその手間が省けたのである。A助教授には、この場を借りて厚くお礼申し上げたい。m(_ _)m

それはさておき、調べてみるとニューロマトリックス理論はとてもオモシロイ。元々、ゲートコントロール理論では十分に説明できない、四肢切断後の幻肢や幻肢痛を説明するために考案されたものである。ところがこの理論は、痛みなどの感覚器系から生じた神経インパルスのみならず、精神神経免疫内分泌学が扱うすべての領域をカバーしているから驚きだ。

我々には、身体イメージをひとつの構成単位として認識し、自己と非自己を区別するメカニズムがある。このメカニズムがニューロマトリックスであり、経験によって修飾されるという可塑性(かそせい)はあるものの、遺伝的に代々受け継いできた広範囲に分布する神経ネットワークである。

詳しく説明するのは難しいのでやめておくが、キーワードは【認知】【情動】【感覚】の3つだ。

【認知】
★文化的背景、過去の経験、性格特性
★注意集中、予期、不安、抑うつ

【情動】
★視床下部―脳下垂体―副腎系
★交感神経系(ノルアドレナリン)
★免疫系(サイトカインを含む)
★内分泌系
★大脳辺縁系(内因性オピオイド)

【感覚】
★皮膚感覚(触覚・圧覚・温覚・冷覚・痛覚)
★深部感覚(運動感覚・深部痛)
★内臓感覚(臓器感覚・内臓痛)
★特殊感覚(視覚・聴覚・平衡感覚・味覚・嗅覚)

この3つのファクターがニューロマトリックスにインプットされると、そこからアウトプットされた神経サイン(neurosignature)が、多次元にわたる疼痛体験を引き起こすと同時に、行動やホメオスタシスにも影響を与えるのである。

neuromatrix.jpg
(Melzack R, 2001)

このように、患部だけに目を奪われていても慢性疼痛は解決しない。なぜなら、侵害受容器が反応しなくても痛みは生じるし、侵害受容器へのアプローチは全体から見るとほんの一部分でしかないからだ。いわゆる「木を見て森を見ず」である。したがって、慢性疼痛を解決するには、認知の歪みや陰性感情に対する強力なアプローチも必要不可欠となる。

またこの理論は、なぜ多くの疾患が心身症といえるのか、なぜ膠原病には痛みを伴うものが多いのか、なぜプラシーボが有効なのかなどなど、実に多くの疑問に解答を与えてくれる。

恥ずかしながらこの赤い彗星、A助教授に教えられるまでニューロマトリックス理論の存在は知らなかったわけだが、どうやらTMSジャパン・メソッドの方向性は間違っていなかったようだ。

かくなる上は、さらによりよい治療プログラムを目指すべく、精進に精進を重ねてまいる所存。みなさまのご指導ご鞭撻の程を伏してお願い申し上げ奉る。m(_ _)m
posted by 長谷川 淳史 at 20:24| 治療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする