2007年02月04日

テレビ収録騒動記(6)

いよいよ本番の収録が始まったものの、次々に起こる予想外の展開に少々パニックになってしまった。

*********************************

AKAのS先生とレーザー手術のM先生と共にスタジオ内に入ったわけですが、新たに3人が加わるということは、3人が抜けるということになります。誰が抜けたかは確認できませんでしたけど、僕は半円形のテーブルの真ん中あたり、白衣組と背広組の間に座らされたような気がします。イエローフラッグを強引に改ざんした「腰痛になりやすい人」と書かれたフリップもテーブル上に用意されていました。

やがてディレクター陣のカウントダウンが始まり、いよいよ収録の再開です。患者の早見優さんが出てきて中央の丸椅子に座り、20代から腰痛に悩まされていたこと、椎間板ヘルニアと診断されたことがあるなど、これまでの経緯を説明しました。でも現在は、下肢症状はなくて腰痛だけのようです。

次に、日常生活のVTRが映し出されました。この映像の中に腰痛の原因が隠されていないか、という趣旨だったようですけど、仕事と家庭を両立しなければならない芸能人のストレスフルな日常を垣間見た、という印象でした。でも、もっともっとストレスフルな生活を強いられている専業主婦も大勢いるわけですし、ストレスの受け取り方は千差万別ですから、VTRの内容にはあまり興味が持てませんでした。

VTR終了後、色々な意見が出ていたようですけど、特に面白い話もないままAKAのS先生のデモンストレーションが始まりました。そしてM先生がレーザー手術について少しお話されていましたが、やはり僕の好奇心を刺激するようなものではありませんでした。

そもそも、医学知識のない人を相手に自分の治療法の正当性を主張すること自体が、医療倫理にそむく行為であり、ヒポクラテスはもとより、世界医師会も日本医師会も禁じているのです。

ですからこういう話に参加する気にはとてもなれません。僕の立ち位置は、何か特定の治療法を推薦することではなく、あくまでも国際レベルの新たな腰痛概念を伝えることです。そのうちデパスが効いてきたのか、何とも言いようのない無力感に包まれていきました。

そしていよいよ処方箋を提示する時間が来ました。かねてからの打ち合わせどおり、「意識改革」「人生を楽しむ」の2点をフリップに書きました。とはいえ、恥ずかしながら「意識改革」の「識」という文字が思い浮かびません。「革」という文字もどこか怪しげです。若年性認知症が進行しているのか、パソコンばかり使っているせいなのか知りませんが、僕のオツムはかなり壊れてきているようです。

それでもなんとか処方箋を書き上げ、周囲を見渡すと、僕を含めて4枚のフリップが出ています。「あれ? 忍者でも潜んでいたのか?」と思って名札を見ると、「整形外科医」とあります。なるほど、最初のテーマの時から参加していた整形外科医がいたというわけです。何も知らされていませんでしたが、整形外科医なら処方箋を出さないわけにはいきません。

次にひとりひとり、その処方箋について説明していきます。記憶が定かではないのですが、突然現れた整形外科医は「AKAもレーザー手術もいいでしょうけど、いずれも保険診療が認められていないので、費用対効果を考えるとやはり一般の整形外科医に診てもらうのが一番だと思います」というような説明をしたような気がします。

ごもっともな意見です。でもそれなら早見優さんはとうの昔に完治しているはずで、ここに座っている理由がありません。

S先生は、菊地教授の言葉を引用して腰痛疾患の85%は原因不明であること、AKAが整形外科医や理学療法士の間でどれだけ普及しているかを説明したと思います。

M先生は、レーザー手術の安全性とこれまでの実績をお話されていたようですが、司会の名倉潤さんがその費用について質問したところ「30万円から100万円です」と答えました。35万円から50万円程度だと思っていた僕はビックリ仰天です。スタジオ内も騒然となりました。

どうしてそんなに幅があるのかというと、年々新しいレーザー手術用の医療機器が開発されるからだということです。アメリカでは新しいインストゥルメンテーション(金属による固定術)システムが開発されると、ウォール街が大きく揺れるとは聞いていました。ところが日本でも、医療機器メーカーがあの手この手を使って患者さんから利益を上げている事実が明らかとなったわけです。これが医療産業の現実というものなのでしょう。商売なのだから当然といえば当然です。

そして僕の番が回ってきました。腰痛診療ガイドラインの意味や腰痛概念が劇的に変化したことを説明しようとしましたが、「専門用語は使わずに。小学生にもわかるように」という言葉が頭に浮かび、なかなかうまく説明できません。でもイエローフラッグのフリップを示せば何とかなるはずです。そのきっかけを作るために、意識改革だけで腰痛患者が減ったというオーストラリアのメディアキャンペーンの例を話し出そうとした矢先、チャイムが鳴って時間切れです。

(エーッ!! うそでしょう!? 打ち合わせとぜんぜん違うじゃない。日帰りで東京を往復したのはただの暇つぶし? 散々話し合った末に作ったフリップはどうなるの? まだ何も説明してないのに早見優さんに処方箋を選択させるわけ?)

あまりにも突然の出来事だったので、頭の中が真っ白になってしまいました。でもEディレクターがあれだけ頑張ってくれたんですから、もう少し話をさせてもらおうと粘ってみましたが、まったく取り合ってくれません。

結局、早見優さんが選んだ処方箋は、AKAでもレーザー手術でもなく、ごく一般的な意見を述べた整形外科医の処方箋でした。思わず噴き出してしまいました。ここに座っている自分がとても滑稽に思えたのです。

こうしてほとんど鳴き声をあげず、「腰痛ジャーナリスト」を名乗る背広を着た怪しげなアヒルの話は聞いてもらえませんでした。こんなことになるのなら、サングラスでもかけて扇子をパタパタしていた方がよほど面白い画になったことでしょう。今にも爆発しそうな激しい怒りを抑えつつ、僕は控え室に戻りました。

後になって振り返ってみると、あのテーブルには代替医療の専門家もいたはずですし、収録時間も1番目のテーマから比べればずいぶん短縮されていました。ということは、最初から座っていた名医の方たちにも言い分はあったけれども、あえて処方箋を提示しなかった。すなわち、処方箋を出さないでほしいという指示があったと考えられます。

この事実は後ほど確認できました。やはり仕込みはあったのです。それを演出と呼ぶかヤラセと呼ぶかは、立場によって違うということなのでしょう。要するにバラエティ番組はどこまで行ってもバラエティ番組であり、真実を伝える意図はほとんどないということがよくわかりました。

とまぁ、こんな感じで本番の収録が終わり、茫然自失のまま控え室に戻ったわけですが、戻ったら戻ったでカイロプラクターの先生がすごい剣幕で怒っています。

*********************************

早見優さんが選んだ整形外科医は、最近ずいぶんお世話になっている、某有名私立医大のA助教授の後輩だったことが後に判明した。

それにしても世の中、何が起こるか本当にわからないものである。というよりも、テレビ業界を知らなさ過ぎるというべきか。
posted by 長谷川 淳史 at 01:20| 医療システム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。