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とんだ道化を演じさせられ、肩を落としてスタジオを後にした僕でしたが、控え室に戻るとカイロプラクターの先生がすごい剣幕で怒っています。
「あのAKAは何ですか? 仙腸関節がどうのこうのと、そんなことはオステオパシーやカイロプラクティックが100年前に研究し尽くしたものじゃないですか!」
もっともな意見です。仙腸関節が動くという概念は元々現代医学にはなく、解剖学的にあり得ないというのが現代医学側の見解でした。しかし、カイロプラクティック側の努力と現代医学側の歩み寄りの成果が実り、仙腸関節に可動性はないという見解は死体解剖から得られた所見であって、生きている人間の仙腸関節には関節としての機能が存在するという事実が判明しました。ほんの数十年前のことです。
これを境に現代医学は仙腸関節に注目しはじめ、今度は逆に腰痛の原因は仙腸関節の不安定性にあるという考え方が出現し、その動きを止めるために硬化療法(スクレロサント注射)や仙腸関節固定術という手術が行なわれるようになりました。しかし、いずれもエビデンスがないという理由で診療ガイドラインでは推奨していません。
その一方で、オステオパシーやカイロプラクティックには、仙腸関節に対する治療法が数多く存在し、エビデンスがあるとは言えないまでも、長年にわたって仙腸関節を治療してきたという経緯があるのです。ですから、カイロプラクターの目には、AKAが単なるパクリとしか映らないは当然です。
「まぁ、いいじゃないですか。医学は結局アートなんですから、効果があればどんな治療法でも、それがどんな名称でも関係ありませんよ。世界のほとんどの診療ガイドラインは、ちゃんとカイロプラクティックをオプションとして認めてるんですから、そんな小さなことにこだわらずにデンと構えていてください」
その後、このカイロプラクターにも出番が回ってきて、僕は独りぼっちになりました。他の先生方は最初からスタジオ内でずっと頑張っていらっしゃいます。どっと疲れが出た僕は少し横なりたくなりました。でも横になれるような場所もありません。仕方がないのでまたスタジオ前のホールへ戻ってモニターを眺めていました。
相変わらずアヒルさんたちが騒がしく鳴いています。そのうち、現代医学 vs 代替医療という図式でちょっとした論戦が始まりました。大変失礼ながら、代替医療の先生方は圧倒的に勉強不足です。自分の経験や独自の理論を展開するばかりで、エビデンスのエの字も知らないようです。このメーリングリストを読んでいれば少しは知識が増えるでしょうに、医師に最新の研究成果を示されても理解できないのです。だからいつまでたっても平行線のまま。悲しいことです。「でもあまりいじめないでやってください」と心の中でつぶやいていました。
そんなモニターをボーと眺めていると、ひとりのディレクターが近づいてきて、「もしお帰りになるようでしたら、ホテルまでお送りさせていただきますけど、どうされますか?」と言います。もう得るものがないようなので帰ってもよかったのですが、スタジオ内のスタッフやタレントさんたちがあれだけ頑張っているのです。だから僕もそれを見届けようと思い、「このまま最後まで残ります」と答えました。
タレントさんたちの疲労度は手に取るようにわかりました。名医たちが座る椅子はとても座り心地のいいものなのに、タレントさんたちの椅子は丸椅子に毛の生えたような明らかに座り心地の悪いものでした。休憩のたびに背伸びをしたり、周囲を歩いたり、ストレッチをしたりと、それはそれは痛々しい光景でした。
特に司会の2人には椅子がなく、名倉潤さんは司会者用のテーブルに顔をうずめてぐったりしています。一方のMEGUMIさんは、背筋を伸ばしたまま毅然とした態度で立ち続けています。このど根性には頭が下がる思いです。そして本番が始まると、みなさんのテンションが収録開始時のレベルにまで一気に高まります。このハイテンションを維持できるタレントのみなさんは、本当に立派な仕事をされていました。
そのうちまたひとつのテーマが終わり、ギャラリーの入れ替えが始まりました。ところが、ギャラリーの人数が足りなくなってきたようで、「すみませーん! お手すきの方はスタジオ内に入っていただけないでしょうかー!」という声が響き渡ります。それもそのはず、ギャラリーといえども腹は減るでしょうし、終電の時間も考えなければなりません。そこで僕も名札をはずし、タレントさんのマネージャーらしき人たちと一緒にスタジオ内のギャラリー席に座りました。
そしてディレクター陣のカウントダウンと共に収録が再開され、結局ふたつのテーマをギャラリー席で観ることになったわけですが、最後のテーマである「頭痛」を収録している時にその事件は勃発しました。
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「発掘!あるある大事典」が打ち切られるのを知ってすぐに思ったのは、レギュラー出演していたタレントさんたちの気持ちだ。というのも、今回の事件で直接的な被害を受けたのは、視聴者というよりも実はタレントさんだからである。
昨年の始めに流出した1時間番組1本あたりのギャラ一覧表を見ると、司会の堺正章さんが350万円(「発掘!あるある大事典」の場合は500万円)、レギュラーの志村けんさんは400万円、同じく柴田理恵さんは60万円である。この番組は毎週放送されていたわけだから、これらの数字の4倍のギャラが毎月所属事務所に入っていた計算になる。それが突然断ち切られたのだ。タレントさんにとっても所属事務所にとっても、かなりの痛手になっただろうことは容易に想像できる。
ちなみに、テレビ業界には一度上がったギャラは下がらないという慣例があるらしい。ギャラの高い大物タレントといえども、視聴率に反映されなければ使われなくなる仕組みだとか。その一方で、新人タレントの場合は露出度を優先させたいがゆえに、ギャラの上昇は慎重にならざるを得ないのである。
と、他人の懐の心配をしている場合ではないか。失敬、失敬。