2007年02月06日

テレビ収録騒動記(8)

いよいよ今回が最終回である。

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頭痛の患者さんは嶋大輔さんです。例によって中央の丸椅子に座り、10代の頃から片頭痛に悩まされていることを告げ、最近の生活状況を自分で撮影したVTRが流れます。

VTRが終わると、頭痛専門医が早口で5つか6つほど質問をしました。ひとつひとつに答え終わるとその先生は「はい、わかりました」といいます。その他の名医の先生たちからの質問はなかったと記憶しています。そして処方箋が提示されました。

頭痛専門医を含めて3枚のフリップが出て、まずその先生の説明が始まりました。

「嶋さんの頭痛は、国際頭痛学会の診断基準では“前兆のない片頭痛”に分類されます」

(おお、ようやくエビデンスに基づく話が出てきたぞ。これは勉強になりそうだ。こういう話を待ってたんだよ。長い時間待った甲斐があるってもんだ)

「このまま放置すればそのうち脳梗塞で死にますね。最近の研究では、片頭痛と脳梗塞との間には因果関係があるというエビデンスがあるんです」

(ちょっとちょっと、それはマズイんじゃないの? いきなりそんなことを言われたら、患者さんがビックリするじゃない。それにエビデンスという専門用語は禁句のはずでは?)

それからはもうこの先生の独壇場です。2人の先生が出した処方箋を、エビデンスという武器を使ってコテンパンに潰しにかかりました。攻撃を受けている先生たちもれっきとした医師です。当然ながら反撃を試みますが、エビデンスのない持論をしどろもどろに展開するばかりです。これでは相手の思うつぼで、まったく勝ち目がありません。

品川祐さんが割って入って笑いで収めようとしますが(直前のテーマでは品川さんのこの作戦が見事に成功しました)、頭痛専門医の攻撃はさらに激しさを増して行きます。これは明らかにエビデンスという名を借りた暴力です。エビデンスで追いつめるだけ追いつめ、逃げ場をなくした上で息の根を止めようとしています。

担当ディレクターにあれほど「エビデンスで相手を追いつめてはいけない。そんな権利は誰にもない」と言ってきたことが、あろうことか目の前で現実に起きてしまいました。それも情け容赦のない一方的なドクターハラスメントです。出演者はもとよりギャラリーにも緊張が走り、スタジオ内の全員が固唾を呑んでこの修羅場を見つめています。やがて2人の犠牲者は黙り込んでしまいました。

あまりにもむごい仕打ちにだんだん腹が立ってきました。ギャラリー席から降りていって無益な争いを終わらせようとも考えましたが、もし名札をつけていない僕が出て行ったとしたら、不審人物の乱入ということで大混乱になってしまいます。「もうその辺でやめてくれ」と祈るしかありませんでした。

繰り返しになるかもしれませんけど、出演しているすべての先生方には、プライドもあれば面子もあります。家族だっているんです。そして何よりも重要なことは、その先生を信頼している患者さんが大勢いるという事実です。それを公衆の面前でプライドも面子もズタズタに傷つけ、息の根を止めるような行為が許されるわけがありません。どんな理由があるにせよ、そんな暴力を振るう権利は誰にもないはずです。生意気なことを言うようで恐縮ですが、医師である前に、人の痛みがわかる人間であるべきではないでしょうか。

そのうち自分の力をさらに誇示したくなったのか、その頭痛専門医は「私は1日200人の患者を診てるんです。これまで2万人の患者を治療してきました。年間数十回も全国で講演してるんです」と、勝ち誇ったかのように自慢話を始めました。こういう類の経験談はエビデンスの対極にあるものであり、エビデンスを口にする人間が言ってはならない台詞です。でも、この勝利宣言のような自慢話で気が済んだらしく、ようやく静かになってくれました。

こうしてすったもんだの末に最後の収録が終わったわけですが、スタジオを出る直前に「ちょっとやりすぎたかなぁ」という頭痛専門医のにやけた声が耳に入りました。それを聞いた僕は「せいぜい夜道には気をつけるがいいさ」と心の中で呟いていました。

この後、どうやって控え室に戻ったのかまるで覚えていません。気がつくと、同じ部屋の先生方はみなさんお帰りになっていました。そのうち、部屋の外がずいぶん騒がしくなってきました。ドアを開けて部屋の外を見てみると、廊下をふさぐほどの黒山の人だかりができていて、その中心で誰かが怒鳴り散らしています。大勢のスタッフがその騒ぎを鎮めようと必死になっているようでしたが、その怒鳴り声は一向にやむ気配がありません。訴えるとか訴えないとかいう声も聞こえ、さらにエスカレートしていくようです。

僕はそっとドアを閉め、独りになった控え室の中で、目の前で起きた血も涙もない暴力行為を思い返していました。やがてスタッフの一人がホテルへ送るために迎えに来てくれました。そのスタッフの誘導で部屋の外へ出ると、まだ大きな怒鳴り声が廊下中に響き渡っています。

いつになったら終わるのだろうと思いながらエレベーターに乗り込むと、途中で嶋大輔さんとマネージャーが乗ってきました。小さな声で「お疲れ様でした」と言ってみましたけど反応はなく、全員が無言のままうつむいています。

スタッフの方と一緒にタクシーに乗った僕は、新宿のホテルに到着するまで「あれは暴力だ。あんなことを許してはいけない。健康情報番組にはサイエンスとアートに精通したスーパーバイザーが必要だ・・・」と独り言を呟いていました。

本当に長い1日でした。この日はとても大勢の方々が傷つきました。見たくないものを見せられました。聞きたくないことも聞かされました。もう二度とバラエティ番組には出ないと心に誓いました。

なお、オンエアは11月11日(土)の午後1時半から3時の予定ですが、事後の収拾に手間取っているのか、来るはずの連絡がまだ来ていません。でも、日本テレビのサイトには掲載されているので、おそらくオンエアされる方向で動いているのでしょう。

実は、このサイトを見て番組の内容を初めて知りました。「これが最善の対処法だ!」と白熱のトークバトルを展開する番組だったんですね。テーマが「インフォームドコンセント」だったなんて、ビックリして腰が抜けそうです。

下の方に3枚の写真がありますけど、左の写真は早見優さんが腰痛について相談している場面で、背後から誰かに襲われているのが僕です。そして中央の写真で何かを話している医師が今回の暴行犯人です。参考までに、日本テレビのコンプライアンス憲章を挙げておきます。

オンエアをご覧になってこの憲章を守っているかどうかを確認してください。そして何か感じるものがあったら、サイトの上方右端に「ご意見ください」というボタンがありますから、ビシッと意見してやってください。

さて、テレビ収録顛末記は今回をもって終了となります。ここまで読んでくださってありがとうございました。もしかしたら、僕の独断と偏見に満ちたレポートに、不快感を抱いた方もおられるかもしれません。そういう方々には心よりお詫び申し上げます。しかし、どうか広いお心でお許しくださいますよう、伏してお願い申し上げます。

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なんとも身勝手な終わり方になってしまって誠に申し訳ない。

ちなみに、関西テレビの放送基準には「医療や薬品の知識および健康情報に関しては、いたずらに不安・焦燥・恐怖・楽観などを与えないように注意する」とあり、フジテレビの番組基準には「適確な情報と健全な娯楽の提供により、誰もが安全で心身ともに豊かな生活がおくれる社会の実現につとめる」と明記されている。

しかし、あちらの言い分はこうなのだ。

さて、ここまでお読みになって色々感じたこともあると思うが、このシリーズの冒頭で述べたように、テレビというメディアを一方的に批判するつもりは毛頭ない。たしかに情報の発信者側にはさまざまな問題があるのは事実である。しかし、一方の受信者側にはまったく問題がないと断言できるだろうか。

テレビに限らず、新聞、ラジオ、雑誌、書籍、広告、さらにはホームページやブログも立派な情報発信源である。これらのメディアが発信する情報には、多種多様なバイアス(偏見や先入観による歪み)がかかっている事実を、はたしてどれだけの人が気づいているだろう。TMSジャパンのホームページ、このブログ、サーノの著書、赤い彗星の拙著もけっして例外ではない。

今回の「発掘!あるある大事典」事件を教訓として生かすも殺すも、情報の中に潜むありとあらゆるバイアスを、われわれが見抜けるかどうかにかかっているのだ。「テレビ収録騒動記」を公開したのも、今回のシリーズのカテゴリーが「医療システム」なのも、実はメディア・リテラシーについて考えたかったからである。

前フリが長くてゴメンくさい。
posted by 長谷川 淳史 at 00:07| 医療システム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする