最後のステップ4では、得られたエビデンスの患者への適用性を判断する。
EBMが誤解されやすいのは、「根拠に基づく医療」ということばからこのステップ4が連想できないからである。しかし、EBMを実践するにはこの「適用性判断」がもっとも重要で、このステップが抜けていてはもはやEBMとはいえないのだ。
したがって、たとえEBMの手順を用いて作成された診療ガイドラインだとしても、すぐさま目の前の患者に当てはめてよいわけではない。事実、1991年にゴードン・ガイアットが発表した論文『Evidence-Based Medicine』の中にも、「エビデンスはけっして何をしたらよいかを教えてくれない」とはっきり書かかれてある(Guyatt GH,Evidence-Based Medicine,ACP J Club,A-16,p114,1991)。
たとえば、医療機関の設備、治療者の経験や技術、医療システムなどが障害となって、診療ガイドラインが使えない場合がある。また、患者の好みや家族の意向、経済状態、職業、宗教といった社会的背景などが問題になることもある。
つまり、EBMの最後の仕上げは、次の3つの要素をバランスよく統合し、個々の患者にとって最善の医療サービスを提供することなのである。
【1】科学的根拠(Evidence)
【2】患者の価値観(Patient Preference)
【3】治療者の技術と経験(Clinical Expertise)
この3つの要素のうち、どれかひとつが欠けてもEBMは成り立たない。
EBM批判論者は、「診療ガイドラインは単なる料理本(Cook Book)にすぎないので、多様性のある個々の患者には使えない」という。これはEBMの核心ともいえるステップ4を知らないと告白しているようなものだ。
美味しい料理を作るには新鮮な食材(最新のエビデンス=診療ガイドライン)が必要だ。賞味期限が過ぎて腐敗した食材(時代遅れの情報)はいただけない。食材は新鮮であればあるほどよい。そして、食べる人の好き嫌いや食物アレルギーの有無(患者の価値観や背景)も知らなくてはならないし、最終的には料理人の腕(治療者の技術と経験)がものをいう。
料理本に書いてあるからといって、嫌いなものやアレルゲンを口の中へ押し込む料理人などいるはずがない。それは医療行為ではなくて暴力行為、いわゆるドクターハラスメントなのである。
さてここで、EBMとは何かで述べた誤解に基づく発言を振り返ってみよう。
「EBMの目的は医療費の削減にある」
診療ガイドラインに従うと無駄な医療行為が行なわれなくなるので、医療費が削減できる可能性はある。しかし、EBMの目的はあくまでも個々の患者にとって最善の医療サービスを提供することにあるわけで、結果的に医療費が削減したとしてもそれは2次的なものでしかない。
「これはエビデンスに基づく治療だからやめられない」
いくら強力なエビデンスがあったとしても、患者が望まないのであればその治療法は避けるべきである。患者の価値観を無視するのはEBMではないし、嫌がる患者を押さえつけてまで治療しても効果は上がらない。
「その治療はエビデンスがないのでできない」
たとえエビデンスがなくても、患者が望むのであればそれに応える方向で前向きに検討すべきである。ただし、患者の回復を遅らせるような介入や、大きな危険を伴う介入、高額な費用のかかる介入は、患者とよく話し合った上で本人に選択させるのが望ましい。
「ガイドラインに従うことこそがEBMの実践だ」
診療ガイドラインはEBMのプロセスで生まれたものにすぎず、診療方針を決定する上で参考にするものでしかない。重要なのは、目の前の患者にガイドラインを当てはめてよいかどうかを慎重に判断することである。ガイドラインは使いこなすものであって、けっして使われてはならないのだ。
「EBMは治療者の臨床経験を否定するものだ」
EBMはステップ4の適応性判断によって完結するものである。したがって、治療者の臨床経験は必要不可欠であり、時と場合によっては直感も頼りになる。
********************
【重症患者予知のためのお告げの研究】
ある中年男性が腹痛で救急外来を受診したとします。病歴と身体所見で尿路結石を疑って患者さんが採尿で席をはずした時に、付き添ってきた奥さんが心配そうな顔をして、「ふだんは医者ぎらいで、風邪で寝込むようなことがあっても絶対に医者には来ない人なんです」ってあなたに囁いたとしますね。その一言だけで、あなたの頭の中の警報閾値はぐんと下がって、たとえ尿潜血が陰性でも(陰性だからこそ?)、「こりゃ、うっかり家には帰せないな」と思うわけです。これが「お告げ」です。この奥さんの一言が、経験を積んだ臨床医の決断に重大な影響を及ぼすのです。
********************
「ガイドラインのような料理本は多様性のある個々の患者に使えない」
繰り返しになるが、食べ物の好みをよく訊いて、満足してもらえる料理を作るのが料理人の役目であり、腕のみせどころではないか。この好みを訊きだす技法がNBM(Narrative-Based Medicine:物語に基づく医療)、すなわち昔ながらの対話に基づく手当てなのである。
ウイリアム・オスラー卿は「医学はサイエンスに支えられたアートである」と述べている。いうまでもなく、ステップ1〜3まではサイエンスで、ステップ4はアートである。このサイエンスとアートの統合なくして医療は成り立たない。NBMはEBMのアートの部分を補完するための重要なツールなのだ。
最後に、診療ガイドラインは使いこなすものであって、けっして使われてはならないという点を強調しておきたい。そして、新鮮な食材(最新のエビデンス=診療ガイドライン)を生かすも殺すも、すべては料理人(治療者)の腕にかかっていることを忘れないでほしい。
「人生は短く、学術は永い。機会は逸しやすく、経験は欺き、判断は難い」(ヒポクラテスの箴言)
posted by 長谷川 淳史 at 00:06|
EBM
|
|