2006年01月12日

慢性腰痛の画像検査(2)

腰痛に対する画像検査については、質の高い6件の体系的レビューが確認された。

カナダのブースとランダーの腰痛疾患に対する画像診断装置の開発および適用性をテーマにした672件の論文を検討したレビューでは、そのほとんどが診断技術に関する研究であり、臨床的有用性(診断精度、治療への影響、患者の転帰、費用対効果など)を検討した研究はきわめて少なかったことから、脊椎専門医が臨床で画像検査を試みる際は、これらの研究をいかに解釈して患者に適用するかが非常に重要だと指摘している(Boos N & Lander PH,1996)

オランダのヴァン・トゥルデルらのX線所見と非特異的腰痛との因果関係に関する35件の論文を検討したレビューでは、X線撮影で発見される脊椎分離症、脊椎辷り症、二分脊椎、腰仙移行椎、変形性脊椎症、ショイエルマン病(思春期に発生する脊柱後彎)と、非特異的腰痛との間に関連性は認められなかった。ただし、椎間狭小、骨棘形成、硬化像などの退行変性は非特異的腰痛との関連性を示したが、オッズ比が1.2〜3.3と低く、研究デザインにも問題があったことなどから、X線異常所見と非特異的腰痛との因果関係を示す証拠はひとつもないと結論づけている(van Tulder MW.et al,1997)

アメリカのジャーヴィックとデーヨの腰痛に対する画像検査の診断精度を検討したレビューでは、アメリカのガイドライン(Clinical Practice Guideline No.14;Acute Low Back Problems in Adults,1994)の勧告と同じ結論にいたっている。つまり、重大な全身疾患の疑いのない50歳未満の成人患者に画像検査は必要なく、50歳以上で重大疾患の疑いのある患者には、単純X線撮影と簡単な臨床検査でほぼ完全に除外できる。したがって、CTやMRIといった高度な画像検査の実施は、手術を検討している患者か重大な全身疾患が強く疑われる患者に限定すべきだとしている(Jarvik JD & Deyo RA,2002)

アメリカのザールのレビューは、慢性腰痛の診断に行なわれるディスコグラフィー(椎間板造影)、椎間関節ブロック、神経根ブロック、坐骨神経ブロック、脊髄神経後枝ブロックなどの侵襲的(正常な組織を傷つける)検査法を検討したところ、侵襲的検査法の診断精度にはそれぞれ特有の限界があったことから、慢性腰痛の原因の診断には高い診断精度と再現性が必要だと強調している(Saal JS,2002)

アメリカのリッテンバーグらの骨シンチグラフィー(SPECT)の臨床的有用性を検討したレビューでは、慢性腰痛に対する骨シンチグラフィーの適用性については臨床試験による裏づけがなく、臨床的有用性と費用対効果も明らかではないが、骨シンチグラフィーは脊椎固定術後の固定に失敗した偽関節の検出、幼い子どもや思春期(脊椎分離症、類骨骨腫)、未成年者(拒食症による疲労骨折やホルモン異常)の腰痛の評価、および悪性腫瘍か良性腫瘍かの鑑別に有効だという限定的証拠があるとしている(Littenberg B.et al,1995)

アメリカのカラギーとハンニバルのレビューでは、MRIで椎間板内に高信号域(白く映る部分)が認められるのは、ディスコグラフィー陽性(造影剤注入時に痛みが再現する)患者で73%、無症状の健常者で69%だったことを明らかにしている。これは椎間板の異常(高信号域)が慢性腰痛の原因ではないことを示す証拠であり、造影剤注入時に痛みが出現する健常者は大勢いる、造影剤注入時の痛みと心理テストや身体化障害、精神的苦痛、補償問題との間には関連性がある、脊椎疾患以外の患者も造影剤注入時に痛みを訴えるという事実から、ディスコグラフィーの診断価値は低いと結論づけている(Carragee EJ & Hannibal M,2004)

これらの体系的レビューに加え、腰痛の画像検査に関する37件の論文を厳密に検討した結果(Kanmaz B.et al,1998)(Dolan AL.et al,1996)(Kendrick D.et al,2001)(Kendrick D.et al,2001)(Miller P.et al,2002)(Jarvik JG.et al,2003)(van den Bosch MA.et al,2004)(Pitkanen MT.et al,2002)(Gillan MG.et al,2001)(Kerry S.et al,2002)(Kerry S.et al,2000)(Gilbert FJ.et al,2004)(Gilbert FJ.et al,2004)(Hollingworth W.et al,2003)(Joines JD.et al,2001)(Gron P.et al,2000)(Deyo RA & Diehl AK,1988)(Kosuda S.et al,1996)(Yamato M.et al,1998)(Kent DL.et al,1992)(Modic Mt.et al,1985)(Boden SD.et al,1990)(Jarvik JJ.et al,1990)(Jensen MC.et al,1994)(Rankine JJ.et al,1999)(Savage RA.et al,1997)(Stadnik TW.et al,1998)(Weishaupt D.et al,1998)(Aprill C & Bogduk N,1992)(Yoshida H.et al,2002)(Schwarzer AC.et al,1995)(Carragee EJ.et al,2000)(Smith BM.et al,1998)(Schwarzer AC.et al,1994)(Schwarzer AC.et al,1995)(Schwarzer AC.et al,1994)(Schwarzer AC.et al,1995)、次の事実が明らかとなった。

【1】非特異的慢性腰痛患者にX線撮影は行なうべきでないという中等度の証拠がある(レベルB)。

【2】神経根症状、もしくは化膿性椎間板炎や悪性腫瘍の疑いが強い患者の画像検査には、MRIが最適であるという中等度の証拠がある(レベルB)。

【3】椎間関節ブロック、MRI、ディスコグラフィー(椎間板造影)は、椎間関節や椎間板に起因する痛みの診断法として信頼できないという中等度の証拠がある(レベルB)。

【4】骨シンチグラフィーとSPECTは、脊椎固定術後の偽関節、圧迫骨折、悪性腫瘍、椎間関節症候群の診断に役立つ可能性がある(レベルC)。

これらのエビデンスに基づきヨーロッパガイドラインは、非特異的慢性腰痛に対するX線撮影と、椎間関節や椎間板に起因する痛みを診断するためのMRI、CT、椎間関節ブック、ディスコグラフィーは推奨しないとし、レッドフラッグや神経根症状の評価にはMRIを推奨すると勧告している。
posted by 長谷川 淳史 at 17:39| 診断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月10日

慢性腰痛の画像検査(1)

慢性腰痛患者に画像検査を行なう目的は、レッドフラッグや神経根症状を持つ患者の評価と、手術を予定している患者の術式を検討するためである。

プライマリー・ケアで一般的に行なわれている画像検査は、単純X線撮影CT(コンピュータ断層撮影)、MRI(磁気共鳴画像撮影)、骨シンチグラフィー(SPECT)で、通常、ミエログラフィー(脊髄造影)、ディスコグラフィー(椎間板造影)、PET(ポジトロン断層撮影)は、専門医が手術前に行なう画像検査なのでここでは検討しない。

単純X線撮影は、低価格ですぐに利用できるもっとも一般的な画像検査である。軟部組織を正確に描き出すことはできないものの、前後像と側面像では椎間板や椎体の高さなど、脊椎構造と骨密度を大まかに評価できる。

斜位像では椎間関節や椎弓を描き出してくれるので、脊椎分離症の診断に有効である。屈曲位像と伸展位像では脊椎の不安定性を評価でき、仙骨の斜位像で仙腸関節の骨癒合が確認されれば強直性脊椎炎と診断できる。

ただし、アメリカの急性腰痛診療ガイドラインでは、X線撮影の斜位像にはまったくといっていいほど臨床的有用性がないので、日常的に行なうべきではないと勧告している(Clinical Practice Guideline No.14;Acute Low Back Problems in Adults ,1994)

腰椎正面.jpg
(前後像)

腰椎側面.jpg
(側面像)

腰椎ホ位.jpg
(斜位像)

CT(コンピュータ断層撮影)は、X線を利用して脊椎の横断面(輪切りにした画像)を描き出すもので、軟部組織とのコントラストによって脊柱管や椎間孔を見ることができ、脊椎の画像検査において重要な役割を果たしている。

最近では、ヘリカルCTやマルチスライスヘリカルCTが開発され、画像データを再構成することで横断面だけでなく矢状面(身体を左右に分ける面)や冠状面(身体を前後に分ける面)、さらには立体的な3D画像も描き出せるようになった。

CT.jpg
(CT)

3DCT.jpg
(3D画像)

MRI(磁気共鳴画像撮影)は、CTより軟部組織とのコントラストがより鮮明なため、椎間板の髄核と線維輪を区別できるほか、靭帯や脊柱管内を通る脊髄も確認できる。

また、画像を再構成せずに横断面、矢状面、冠状面を直接撮影でき、X線を使用しないので放射線被曝がないなどの利点がある。

ただし、骨の異常は検出できず、費用が高いという欠点がある。

DH(1).jpg
(L4−L5間後縦靱帯穿破硬膜外脱出型椎間板ヘルニア)

DH(2).jpg
(3カ月後にはヘルニアが自然消失していた)

骨シンチグラフィー(SPECT)は、テクネチウムというγ線を放つアイソトープ(放射性同位元素)を静脈内注射したのち、全身の骨代謝を画像化することによって、骨折、感染症、がんの骨転移を検出し、骨の退行変化と区別することができる。

また、テクネチウムは骨だけでなく、腎臓、肺、甲状腺、肝臓、脾臓などのシンチグラフィーにも用いられ、その断層撮影をSPECTと呼ぶ。

骨シンチ.jpg
(骨シンチグラフィー)

SPECT.jpg
(SPECT)
posted by 長谷川 淳史 at 21:23| 診断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月06日

慢性腰痛の理学検査

理学検査(Physical Examination)とは、患者の身体に直接触れて行なう身体検査のことで、ヨーロッパガイドランでは受動的下肢伸展挙上テストスターティックパルペーションモーションパルペーションの診断精度について検討している。

受動的下肢伸展挙上テスト(PSLR:Passive Straight Leg Raising Test)とは、患者を仰向けに寝かせてリラックスしてもらい、脚をまっすぐ伸ばした状態で、検者が患者のかかとをゆっくり持ち上げていくテストで、痛みを感じた角度と痛みの場所を記録する。

もしこのテストで片方のハムストリングス(大腿後面)に緊張を感じるか、片方の下肢痛が誘発されるか、あるいは両脚が50度以下で痛みを感じたとしたら、その症状が消える角度までゆっくり脚を下ろし、足関節を背屈させる(ブラガードサイン)、股関節を内旋して内転させる(ボネットサイン)、患者に首を屈曲してもらう(ケルニッヒサイン)。このどれかで痛みが再現された場合は、神経根の緊張が高まったと考えられ、PSLR陽性と判定する。

PSLRについては2件の体系的レビューが確認されており、いずれも椎間板ヘルニアに対する診断精度を検討したもので、採用した論文はすべて質の高い研究だった(Deville WL.et al,2000)(Rebain R.et al,2002)

17件の論文を調査したデンマークのドヴィルらによると、PSLRは感度は高い(0.91)ものの特異度は低く(0.26)、持ち上げた脚の反対側の脚に痛みが生じる Crossed Straight Leg Raising Test の感度は0.29、特異度は0.88だったことから、PSLRの神経根症状に対する臨床的有用性は乏しいと結論づけている(Deville WL.et al,2000)

20件の論文を調査したイギリスのリベインらも、PSLRの高い感度(0.8)と低い特異度(0.4)を指摘したうえで、このテストの標準的な方法はいまだに確立されておらず、結果の解釈についてもコンセンサスがないばかりか、PSLRが陰性だからといって陽性より診断価値があるとはいえないと結論づけている(Rebain R.et al,2002)

スターティックパルペーション(静的触診法:Static Palpation)とは、患者を静止させたまま脊柱の形状、筋肉や靭帯の緊張、刺激に対する過敏性、下肢長差などを調べる触診法で、モーションパルペーション(動的触診法:Motion Palpation)とは、脊椎を動かしながら関節の可動制限を調べる触診法である。いずれもカイロプラクティックを代表とする脊椎マニピュレーションの適用性判断、もしくはその有効性を評価するために用いられている。

脊椎パルペーションについては質の高い2件の体系的レビューが確認されており、腰痛、背部痛、頚部痛、腰骨盤痛に対するモーションパルペーション、疼痛誘発テスト、軟部組織テスト、カイロプラクティックテストの診断精度を評価している(Seffinger MA.et al,2004)(Hestbaek L & Leboeuf-Yde C,2000)

アメリカのセフィンガーらの体系的レビューは、脊椎パルペーションに関する797件の論文の中から、診断精度に関する論文を49件まで絞り込んでいるが(Seffinger MA.et al,2004)、ヨーロッパガイドラインはさらに腰部のパルペーションを扱っている22件の論文を抽出し、モーションパルペーションの信頼性(Bergstrom E & Courtis G,1986)、(Binkley J.et al,1995)、(Boline P.et al,1988)、(Grant A & Spadon R,1985)、(Inscoe E.et al,1995)、(Lindsay DM.et al,1994)、(Maher CG.et al,1998)、(Mastriani P & Woodman K,1991)、(Mootz RD.et al,1989)、(Phillips DR & Twomey LT,2000)、(Rhudy T.et al,1988)、(Richter T & Lawall J,1993)、(Strender LE.et al,1997)疼痛誘発テストの信頼性(Boline P.et al,1988)、(Boline PD.et al,1993)(Hsieh CY.et al,2000)(Maher C & Adams R,1994)(McCombe PF.et al,1989)(Nice DA.et al,1992)、(Richter T & Lawall J,1993)、(Strender LE.et al,1997)、(Waddell G.et al,1982)、そして軟部組織テストの信頼性(Binkley J.et al,1995)、(Boline P.et al,1988)、(Byfield D & Humphreys K,1992)、(Downey BJ.et al,1999)(Hsieh CY.et al,2000)、(McKenzie AM & Taylor NF,1997)について検討している。

ここでいう信頼性とは感度や特異度のことではなく、複数の検者が同じ条件下で行なったテスト結果の一致率(interexaminer:検者間の信頼性)と、ひとりの検者が時期をあらためて行なったテスト結果の一致率(intraexaminer:検者内の信頼性)を意味し、それぞれの一致率が高いほどバラツキが少なく信頼性の高いテストということになる。

それから、Kappa統計量もしくはΚ値(kappa value)についても説明しておきたい。これは検者間の一致率(interexaminer)と検者内の一致率(intraexaminer)を評価する方法で、やはり高ければ高いほどよい。ちなみに、0%〜40%は低い、40%〜60%は中等度、60%〜80%はかなり高い、80%〜100%はほぼ完璧とみなされる。

この体系的レビューで受け入れ可能な信頼性(Κ値が40%以上)を示したテストは、検者内腰椎モーションパルペーション、L4-L5とL5-S1の検者間疼痛誘発テスト、腰椎周辺の検者間トリガーポイントだけであり、検者間腰椎モーションパルペーションについては結論が一致せず、ほとんどの腰椎パルペーションは信頼性に欠けることが証明された。

Kappa統計量を採用した研究では、疼痛誘発テストが64%、可動域測定が58%、棘突起の不整列テストが33%、軟部組織テストが0%となり、腰椎モーションパルペーションより可動域測定の方が信頼できることも判明した。

全般的に検者間よりも、検者内の信頼性の方がより高い傾向にあり、脊椎周辺の軟部組織テストは、研修医や手技療法家がもっとも頻繁に用いる触診法であるにもかかわらず、検者間の信頼性が低かった。しかも、いくら臨床経験が長くても信頼性は向上しないばかりか、検者間のコンセンサスを確認し、試験の直前にトレーニングしても軟部組織テストの信頼性は上がらなかったという。

また、デンマークのヘストベークらの体系的レビューは、腰骨盤痛に対する脊椎マニピュレーションの適用性を判断するために行なわれる、カイロプラクティックテスト(アジャスティングテクニック、モーションパルペーション、可動域測定、下肢長差測定、アプライドキネシオロジー、仙骨後頭骨テクニック)の信頼性と有効性を評価している(Hestbaek L & Leboeuf-Yde C,2000)

それによると、受け入れ可能なのは疼痛誘発テストただひとつだけであり、腰椎のモーションパルペーションは有効かもしれないが信頼性に欠けていたのに対し、仙腸関節のモーションパルペーションは信頼できるかもしれないが有効性が証明されなかった。

下肢長差測定はX線写真と相関性があるように思われたが、測定方法と結果の解釈についてのコンセンサスは存在しない。

仙骨後頭骨テクニックの適用性を判断するためのアームフォッサテストは、その妥当性を支持する証拠がほんのわずかしかなく、ほとんど論文化されていない。

アプライドキネシオロジーに関する論文は入手できず、軟部組織(筋肉や靭帯)の触診、棘突起の不整列を調べる触診、外観(目視)検査についても、論文化されていないために信頼できない、もしくは有効ではないと結論づけている。

この2件の体系的レビューから、以下の事実が明らかとなった。

【1】現時点では、受動的下肢伸展挙上テストの診断精度を正確に評価できない(レベルB)。

【2】腰痛に対する脊椎パルペーションの信頼性に関する結論は一致していない(レベルC)。

【3】疼痛誘発テストは触診法の中でもっとも信頼できるという中等度の証拠がある(レベルB)。

【4】筋肉や靭帯の状態を調べる軟部組織テストは、信頼できないという強力な証拠がある(レベルA)。

【5】腰椎モーションパルペーションよりも、可動域測定の方が信頼できるという強力な証拠がある。(レベルA)。

【6】すべての触診法において、検者間の信頼性よりも、検者内の信頼性の方がより高いという強力な証拠がある(レベルA)。

【7】触診法の信頼性と有効性が立証できないため、操作可能な損傷の存在は依然として仮説の域を出ないという中等度の証拠がある(レベルB)。

これらのエビデンスに基づきヨーロッパガイドラインは、慢性腰痛の診断において脊椎パルペーションと可動域測定は推奨できないとし、慢性腰痛患者には診断用分類による再評価とイエローフラッグの評価を推奨すると勧告している。
posted by 長谷川 淳史 at 23:07| 診断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月04日

慢性腰痛の病歴聴取

病歴聴取とは、的確な診断を下すために必要となる情報を得る最初のステップであり、患者の主訴、現病歴、既往歴、家族歴などについて慎重にインタビューすることである。

急性腰痛か慢性腰痛かを問わず、現在、病歴聴取の診断精度に関する体系的レビューはわずか1件しかない。

それはオランダのヴァン・デン・ホーゲンらが行なった体系的レビューで、腰痛の診断に関する36件の研究から、神経根症状、強直性脊椎炎、悪性腫瘍に対する病歴、理学検査、赤血球沈降速度(赤沈値または血沈値)の診断精度を評価したものである(van den Hoogen HM.et al,1995)

この体系的レビューには、病歴だけの診断精度を評価した研究が9件含まれており、病歴聴取は神経根症状と強直性脊椎炎に対して感度も特異度も低いこと(レベルB)、そして病歴聴取に赤血球沈降速度を加えると、悪性腫瘍に対する診断精度が相対的に上昇することが判明している(レベルA)。

慢性腰痛における病歴の有用性については、ヨーロッパガイドラインはいかなる勧告も出していない。しかし、腰痛を訴える患者の背骨に変形(脊柱側彎や脊柱後彎)がみられた場合、化膿性椎間板炎(脊椎感染症)が潜んでいる可能性もある。つまり、重大な疾患をいち早く検出して患者に適切な治療を受けさせるためには、感度の高さがより重要になってくるのだ。したがって、病歴と各種検査法を組み合わせた診断精度について、今後さらに研究を推し進めていく必要があると指摘している。
posted by 長谷川 淳史 at 09:53| 診断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月03日

感度と特異度について

これから慢性腰痛における検査法について述べていくが、その前に、感度特異度について説明しておきたい。なぜなら、ある検査法の診断精度もしくは臨床的有用性を評価する際、その検査法の感度と特異度がきわめて重要になるだからだ。

感度(sensitivity)とは、病気の人が検査で陽性になる確率で、感度の高い検査法を用いると、病気を持った人を見落とす可能性が低くなる。つまり、感度の高い検査で陰性だった場合は病気の存在を否定できるということになり、除外診断としての有用性が高い。

特異度(specificity)とは、健康な人が検査で陰性になる確率で、特異度の高い検査法を用いると、健康な人を病気だと誤診する可能性が低くなる。つまり、特異度が高い検査で陽性だった場合は病気が存在するということになり、確定診断としての有用性が高い。

感度も特異度も100%の検査法があれば理想的なのだが、現実にはそこまで精度の高い検査法はありえない。というのも、生きた人間を相手にしている以上、医療には必ず不確実性が存在し、その呪縛からは逃れられないからだ。こうした事実を踏まえたうえで、これから述べていく検査法を客観的かつ冷静に眺めてもらいたい。
posted by 長谷川 淳史 at 15:53| 診断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月02日

慢性腰痛の予後因子(Prognostic Factors)

予後因子とは、再発の頻度、腰痛の持続期間、活動障害の程度、休職期間、費用の問題など、患者の転帰(結果)に影響を与えるすべての因子を意味し、その研究は予後に関する臨床試験と危険因子の疫学調査によってなされ、理想的には無作為対照試験か、もしくはすべての患者が同じ治療を受けているのが望ましい(Altman DG,2001)

この基準を満たした慢性腰痛に関する7件の体系的レビュー(Pengel LH.et al,2003) (Borge JA.et al,2001)(Hoogendoorn WE.et al,2000)(Hunter J,2001)(Pincus T.et al, 2002)(Shaw WS.et al,2001)(Waddell and Burton,2001) 、2件の無作為対照試験(Kalauokalani D.et al,2001) (Niemisto L.et al,2004) 、4件のコホート研究(van der Giezen AM .et al,2000) (Schultz IZ.et al,2004) (Fransen M.et al,2002) (Hunt DG.et al,2002) を批判的に吟味した結果、以下の事実が明らかとなった。

【1】職場の支援が乏しいと急性腰痛が慢性化しやすいという強力な証拠がある(レベルA)。

【2】腰痛によって長期間(1〜3カ月以上)仕事を休んでいると、通常業務に復帰するのは難しくなり、休職期間が長くなるにつれて復職のチャンスが失われてゆき、職場復帰へ向けた治療も効かなくなるという強力な証拠がある(レベルA)。

【3】心理社会的苦痛、抑うつ気分、痛みと活動障害の深刻度、過度な症状の訴え、患者の予想、そして発症前のエピソードは、慢性化の予後因子だという中等度の証拠がある(レベルB)。

【4】転職を繰り返すために在職期間が短い、業務内容の変更が許されない重労働、神経根症状の存在は、慢性化の予後因子だという中等度の証拠がある(レベルB)。

【5】神経根症状を除いた理学所見は、慢性化の予後因子だという中等度の証拠がある(レベルB)。

これらのエビデンスに基づき、ヨーロッパガイドラインは慢性腰痛の予後因子である職業的背景、心理社会的苦痛、患者の予想、そして過度な症状の訴えの有無などといったイエローフラッグを評価するようにと勧告している。

赤緑黄.jpg

レッドフラッグ生物学的危険因子だとするなら、イエローフラッグ心理社会的危険因子といえるもので、腰痛発症に深く関わり、腰痛を慢性化させ、職場復帰を遅らせ、再発率を高める危険因子である(Linton SJ, 2000)

このイエローフラッグについては、ニュージーランドの診療ガイドラインがもっとも詳しいので、ここでもう一度その具体的な内容を紹介しておく(Guide to Assessing Psychosocial Yellow Flags in Acute Low Back Pain,2004)

【1】腰痛に対する不適切な態度と信念
1.腰痛は有害だと信じ込んでいるか、あるいは痛みへの恐怖心から回避行動(動作恐怖と極端な用心深さ)をとり続けているため、そのうち車椅子生活や寝たきりになるかもしれないと思っている。
2.痛みが完全に消えてからでなければ、日常生活や仕事には戻れないと考えている。
3.日常生活や仕事によって痛みが強くなると信じ込んでいて、元の生活に戻るのが不安である。
4.今の自分は絶望的で最悪の事態に陥っているなどと、身体の症状に対して誤った解釈をしている。
5.痛みを消すのは難しいと信じ込んでいる。
6.積極的に社会復帰しようとは思えない。

【2】不適切な行動
1.長い間安静にしたり、必要以上に休息をとったりする。
2.日常生活動作を避けているために運動不足である。
3.運動に関する指示を守らず、気が向いた時にしか身体を動かさないので、日によって運動量が大きく異なる。
4.通常活動から逃れたいばかりに、徐々に生産的な活動から離れていくような生き方に変わってきた。
5.0〜10までの疼痛尺度で、10を超えるようなきわめて激しい痛みを訴える。
6.治療者や医療機器に対する依存心が強い。
7.腰痛を発症してからあまりよく眠れない。
8.腰痛を発症してからアルコールやサプリメントなどの摂取量が増え続けている。
9.喫煙習慣がある。

【3】補償問題
1.職場復帰に対する経済的動機が乏しい。
2.生活保護(所得保障)や医療費の問題で紛争していて、その解決が遅れている。
3.腰痛以外の傷害や痛みの問題で補償請求をしたことがある。
4.腰痛以外の傷害や痛みの問題で仕事を3ヵ月以上休んだことがある。
5.前回の腰痛でも補償請求と長期欠勤をしていた。
6.過去に効果の上がらない治療を受けた(関心を示してもらえなかった、ひどいことをされたと感じた)経験がある。

【4】診断と治療の問題
1.機能回復を目指す治療は行なわずに安静を指示された。
2.腰痛に関して異なる診断や説明を受けて混乱した経験がある。
3.絶望感と恐怖心をいだかせる(車椅子生活を連想させるような)診断名を告げられた。
4.受け身的な治療を続けているうちに治療への依存心が強くなり、腰痛がさらに悪化している。
5.昨年、今回の腰痛以外の問題で何度か医療機関を受診している。
6.身体を機械のように考えていて、その修理を求めるような技術的な治療法への期待感がある。
7.これまで受けてきた腰痛治療に対して不満がある。
8.仕事をやめなさいというアドバイスを受けたことがある。

【5】感情の問題
1.日常生活や仕事によって強くなった痛みに対する恐怖心がある。
2.抑うつ状態(ことに長期間にわたる気分の落ち込み)があり、楽しいと思えることがない。
3.普段よりとても怒りっぽい。
4.不安が強くて身体感覚が過敏になっている(パニック障害も含む)。
5.自分の気持ちを抑えられないほどの大きなストレスを感じている。
6.社会的不安があり、社会活動にも興味がない。
7.自分は役立たずで、誰にも必要とされていないと感じている。

【6】家族の問題
1.配偶者やパートナーが過保護である、あるいは痛みに対する恐怖心をあおったり、絶望的な気持ちにさせたりする(たいていは善意からのもの)。
2.仕事を代わりにしてくれるなど、配偶者やパートナーが熱心に気遣ってくれる。
3.無視したり欲求不満をぶつけたりなど、配偶者やパートナーからひどい仕打ちを受けている。
4.職場復帰へ向けたあらゆる試みに家族の協力が得られない。
5.さまざまな問題について語り合える相手がいない。

【7】仕事の問題
1.漁業、林業、農業、建設業、看護師、トラック運転手、作業員などの肉体労働をしていた。
2.頻繁に転職を繰り返す、ストレスの多い仕事、不満のある仕事、同僚や上司との関係がうまくいかない、やりがいのない仕事などをしていた。
3.仕事は腰にダメージを与え、危険で有害なものだと信じ込んでいる。
4.非協力的で不幸な職場環境で働いている。
5.学歴が低く、社会経済的地位も低い。
6.物を持ち上げる、重い物を扱う、座りっぱなし、立ちっぱなし、車の運転、振動、同じ姿勢をとり続ける、休暇が取れない柔軟性のない勤務スケジュールなど、生体力学的影響を強く受ける仕事をしている。
7.24時間交代勤務制、もしくは人が働かないような時間に仕事をしている。
8.職場復帰する際、軽い仕事から始めたり、段階的に勤務時間を増やしたりすることが許されない。
9.腰痛に対する会社側の対応で嫌な思いをしたことがある(腰痛になったことを報告するシステムがない、報告が禁止されている、経営者や上司からの懲罰的な反応など)。
10.会社側が関心を持ってくれない。

慢性腰痛の回復を妨げているのはこれらのイエローフラッグであり、認知行動療法によって適切に対処すべきである。
posted by 長谷川 淳史 at 00:08| 診断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月31日

慢性腰痛の診断用分類(Diagnostic Triage)

慢性腰痛に苦しんでいる患者は、ほぼ例外なく急性腰痛の段階で医師の診察を受けているはずだ。しかし不幸なことに、腰痛診療ガイドラインの勧告に従って評価された患者は、おそらく皆無といっていいのではないだろうか。そこで、これから紹介していくヨーロッパガイドラインを参考に、これまで抱えていた慢性腰痛を新たに再評価していただきたい。

現在、世界各国すべての急性腰痛診療ガイドラインが、腰痛疾患を「重大な脊椎病変の可能性」「非特異的腰痛」「神経根症状」の3つに分類することを推奨しているが、この診断用分類は慢性腰痛にも適用される。

診断用分類.jpg

まず「重大な脊椎病変の可能性」レッドフラッグと呼ばれ、悪性腫瘍、脊椎感染症、骨折、解離性大動脈瘤、強直性脊椎炎、馬尾症候群の存在を疑わせる危険信号である。

ノルウェーの診療ガイドラインでは、全腰痛患者の1〜5%にしか認められないとしているが(Acute Low Back Pain Interdisciplinary Clinical Guidelines,2002)、いくら頻度が少ないとはいえレッドフラッグはきわめて重要なサインなので、以下に具体例を挙げておく。

◆発症年齢が20歳未満か55歳超
◆最近の激しい外傷歴(高所からの転落、交通事故など)
◆進行性の絶え間ない痛み(夜間痛、楽な姿勢がない、動作と無関係)
◆胸部痛
◆悪性腫瘍の病歴
◆長期間にわたる副腎皮質ホルモン(ステロイド剤)の使用歴
◆非合法薬物の静脈注射、免疫抑制剤の使用、HIVポジティブ
◆全般的な体調不良
◆原因不明の体重減少
◆腰部の強い屈曲制限の持続
◆脊椎叩打痛
◆身体の変形
◆発熱
◆膀胱直腸障害とサドル麻痺

このリストに該当するものがひとつでもあれば、必ず重大な疾患が潜んでいるというわけではないが、危険な疾患を除外するために画像検査や血液検査を受けた方がよい。該当項目が複数ある場合はなおさらで、絶対に画像検査と血液検査が必要だ。

もしレッドフラッグに該当する項目がひとつもなければ、重大な脊椎病変が存在する可能性は99%ないといってよい。なぜなら、レッドフラッグのない腰痛患者がX線診断によって重大な脊椎病変が検出されるのは、わずか2500人に1人(0.04%)でしかいないことが明らかになっているからだ(Waddell G,1999)

ちなみに、アメリカのスリップマンらの研究チームは、33の大学病院と18の私立病院から腰痛患者19,312名分のデータを取り寄せ、原発性もしくは転移性の悪性腫瘍によって腰痛を訴える患者の頻度を調査している。

それによると、全腰痛患者の中で悪性腫瘍が見つかったのは、大学病院で0.69%、私立病院で0.12%だったという。そしてその平均年齢は65歳で、夜間痛、うずくような痛み、動作と無関係の自発痛、がん病歴、原因不明の体重減少、立位と歩行で痛みが誘発される患者が多く、VAS(Visual Analog Scale)の平均値は6.8と強い痛みを訴える傾向にあったと報告している(Slipman CW.et al,2003)

次の「非特異的腰痛」というのは、腰椎部、仙骨部、臀部、大腿部の痛みを訴える場合で、楽な姿勢がある、動作によって痛みが変化するといった特徴がある。全腰痛患者に占める割合は80〜90%で(Acute Low Back Pain Interdisciplinary Clinical Guidelines,2002)、6週間以内に90%の患者が自然に回復する(Clinical Guidelines for the Management of Acute Low Back Pain,2001)

最後の「神経根症状」というのは、腰痛よりも下肢痛(主に片側か片側優位)の方が強く、膝下からつま先まで痛みが放散したり、しびれや知覚異常、筋力低下がみられたりする場合である。全腰痛患者に占める割合は5〜10%で(Acute Low Back Pain Interdisciplinary Clinical Guidelines,2002)、6週間以内に50%の患者が自然に回復する(Clinical Guidelines for the Management of Acute Low Back Pain,2001)

幸いなことに、「非特異的腰痛」「神経根症状」のふたつはグリーンライトと呼ばれ、ある決まった経過をたどって自然に回復する予後良好の自己限定性疾患(self-limited disease)である。つまり、軽い風邪をひいた、ちょっとお腹をこわした、あるいはさかむけ(ささくれ)ができたのと同じで、治療の有無にかかわらず時間が解決してくれる。

この鑑別診断システムの有効性を証明する研究は存在しないものの(レベルD)、その重要性と基本原理については一般的なコンセンサスがある。

すなわち、ほとんどの腰痛疾患は生物学的損傷ではなく、生物・心理・社会的疼痛症候群であると同時に予後良好の自己限定性疾患である。さらに、患者の不安や恐怖をあおり、生物学的損傷を匂わせるような「変形性脊椎症」「椎間板ヘルニア」「脊椎辷り症」「脊椎の不安定性」「関節可動域の大小」などといった用語の使用は避けるべきであり、患者を安心させるのが望ましいという点でコンセンサスがあるのだ。
posted by 長谷川 淳史 at 00:09| 診断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月30日

急性腰痛と慢性腰痛

ある日突然腰が痛くなることを、人は「ぎっくり腰」「きやり腰」「きんより腰」「きっくらせんき」「くっきらせんき」「きくらへんき」「腰をたごめる」「そろける」「腰を言わせる」「魔女の一撃」などと呼んでいる。

だが、何が急性腰痛で何が慢性腰痛なのか明確ではない。そこでまずこの両者の違いをはっきりさせておく。

現在、世界各国ほとんどの腰痛診療ガイドラインが、下肢症状の有無にかかわらず、腰痛を次のように定義している。

【1】急性腰痛――発症後6週間未満の腰痛
【2】亜急性腰痛――発症後6週間〜12週間(3カ月)未満の腰痛
【3】慢性腰痛――発症後12週間(3カ月)以上持続している腰痛

亜急性腰痛という耳慣れないことばが出てきたが、これは医学界が長年使ってきた急性腰痛と慢性腰痛の中間の概念である。しかしここでは、特に言及しないかぎり亜急性腰痛も急性腰痛として取り扱う。つまり、急性腰痛の定義は発症後3カ月未満の腰痛ということである。 

また腰痛の再発については、慢性腰痛の悪化という捉え方ではなく、6カ月以上症状のない期間があったのち、新たに発症した急性腰痛と考えてもらいたい。したがって、「再発性腰痛」=「急性腰痛」ということになる。

慢性腰痛は、下肢症状の有無にかかわらず発症後3カ月以上持続している腰痛で、頻繁に再発を繰り返している腰痛(症状のない期間が6カ月未満)や、活動障害はなくとも痛みだけが続いている場合、あまりにもひどい腰痛のためにほぼ寝たきりになっている場合が含まれる。

さて、これから2004年に発表されたヨーロッパガイドラインより、「急性腰痛の対処法」「慢性腰痛の対処法」「腰痛の予防法」について少しずつ紹介していこうと思うが、ヨーロッパガイドラインに着目したのは以下の理由による。

【1】現存する腰痛診療ガイドラインの中でもっとも新しい。

【2】ヨーロッパの14カ国(オーストリア、ベルギー、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、イスラエル、イタリア、オランダ、ノルウェー、スペイン、スウェーデン、スイス、イギリス)から選抜された、どんな利害関係もないエキスパートが作成している。

【3】文献検索は英語だけでなく、フランス語、ドイツ語、オランダ語、デンマーク語、ノルウェー語、フィンランド語、スウェーデン語が含まれ、過去に例がないほど広範囲である。

【4】今までの腰痛診療ガイドラインはすべて「急性腰痛」を対象にしたものだったが、ヨーロッパガイドラインは世界で初めて「慢性腰痛」と「予防法」を加えたガイドラインである。

急に腰が痛くなった人が、すぐさまTMSジャパンのサイトに辿り着くことは、まず考えられない。常識的に考えて、近くの整形外科医か代替医療の治療家を探すだろう。もちろん、書店へ駆け込んで治し方を学ぼうとする人などいるはずがない。それに、レッドフラッグのないグリーンライトならば、イエローフラッグが邪魔をしないかぎり治療の有無にかかわらず数週間以内に治ってしまうだろう。

つまり、ここを読んでいる人の大部分は、医療関係者を除けば慢性腰痛で苦しんでいる可能性が高く、一番知りたがっているのは慢性腰痛の治し方に違いない。したがって、急性腰痛よりも先に慢性腰痛の対処法から始めることにする。
posted by 長谷川 淳史 at 00:13| 診断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月19日

イエローフラッグ

腰痛の発症に関わり、腰痛を慢性化させ、再発率を高める危険因子であるイエローフラッグについては、ニュージーランドの診療ガイドラインがもっとも詳しいので、その具体的な内容を紹介しておく(Guide to Assessing Psychosocial Yellow Flags in Acute Low Back Pain,2004)。医療関係者は腰痛患者の診療に、腰痛患者は自分自身の治療に役立ててもらいたい。

【1】腰痛に対する不適切な態度と信念
1.腰痛は有害だと信じ込んでいるか、あるいは痛みへの恐怖心から回避行動(動作恐怖と極端な用心深さ)をとり続けているため、そのうち車椅子生活や寝たきりになるかもしれないと思っている。
2.痛みが完全に消えてからでなければ、日常生活や仕事には戻れないと考えている。
3.日常生活や仕事によって痛みが強くなると信じ込んでいて、元の生活に戻るのが不安である。
4.今の自分は絶望的で最悪の事態に陥っているなどと、身体の症状に対して誤った解釈をしている。
5.痛みを消すのは難しいと信じ込んでいる。
6.積極的に社会復帰しようとは思えない。

【2】不適切な行動
1.長い間安静にしたり、必要以上に休息をとったりする。
2.日常生活動作を避けているために運動不足である。
3.運動に関する指示を守らず、気が向いた時にしか身体を動かさないので、日によって運動量が大きく異なる。
4.通常活動から逃れたいばかりに、徐々に生産的な活動から離れていくような生き方に変わってきた。
5.0〜10までの疼痛尺度で、10を超えるようなきわめて激しい痛みを訴える。
6.治療者や医療機器に対する依存心が強い。
7.腰痛を発症してからあまりよく眠れない。
8.腰痛を発症してからアルコールやサプリメントなどの摂取量が増え続けている。
9.喫煙習慣がある。

【3】補償問題
1.職場復帰に対する経済的動機が乏しい。
2.生活保護(所得保障)や医療費の問題で紛争していて、その解決が遅れている。
3.腰痛以外の傷害や痛みの問題で補償請求をしたことがある。
4.腰痛以外の傷害や痛みの問題で仕事を3ヵ月以上休んだことがある。
5.前回の腰痛でも補償請求と長期欠勤をしていた。
6.過去に効果の上がらない治療を受けた(関心を示してもらえなかった、ひどいことをされたと感じた)経験がある。

【4】診断と治療の問題
1.機能回復を目指す治療は行なわずに安静を指示された。
2.腰痛に関して異なる診断や説明を受けて混乱した経験がある。
3.絶望感と恐怖心をいだかせる(車椅子生活を連想させるような)診断名を告げられた。
4.受け身的な治療を続けているうちに治療への依存心が強くなり、腰痛がさらに悪化している。
5.昨年、今回の腰痛以外の問題で何度か医療機関を受診している。
6.身体を機械のように考えていて、その修理を求めるような技術的な治療法への期待感がある。
7.これまで受けてきた腰痛治療に対して不満がある。
8.仕事をやめなさいというアドバイスを受けたことがある。

【5】感情の問題
1.日常生活や仕事によって強くなった痛みに対する恐怖心がある。
2.抑うつ状態(ことに長期間にわたる気分の落ち込み)があり、楽しいと思えることがない。
3.普段よりとても怒りっぽい。
4.不安が強くて身体感覚が過敏になっている(パニック障害も含む)。
5.自分の気持ちを抑えられないほどの大きなストレスを感じている。
6.社会的不安があり、社会活動にも興味がない。
7.自分は役立たずで、誰にも必要とされていないと感じている。

【6】家族の問題
1.配偶者やパートナーが過保護である、あるいは痛みに対する恐怖心をあおったり、絶望的な気持ちにさせたりする(たいていは善意からのもの)。
2.仕事を代わりにしてくれるなど、配偶者やパートナーが熱心に気遣ってくれる。
3.無視したり欲求不満をぶつけたりなど、配偶者やパートナーからひどい仕打ちを受けている。
4.職場復帰へ向けたあらゆる試みに家族の協力が得られない。
5.さまざまな問題について語り合える相手がいない。

【7】仕事の問題
1.漁業、林業、農業、建設業、看護師、トラック運転手、作業員などの肉体労働をしていた。
2.頻繁に転職を繰り返す、ストレスの多い仕事、不満のある仕事、同僚や上司との関係がうまくいかない、やりがいのない仕事などをしていた。
3.仕事は腰にダメージを与え、危険で有害なものだと信じ込んでいる。
4.非協力的で不幸な職場環境で働いている。
5.学歴が低く、社会経済的地位も低い。
6.物を持ち上げる、重い物を扱う、座りっぱなし、立ちっぱなし、車の運転、振動、同じ姿勢をとり続ける、休暇が取れない柔軟性のない勤務スケジュールなど、生体力学的影響を強く受ける仕事をしている。
7.24時間交代勤務制、もしくは人が働かないような時間に仕事をしている。
8.職場復帰する際、軽い仕事から始めたり、段階的に勤務時間を増やしたりすることが許されない。
9.腰痛に対する会社側の対応で嫌な思いをしたことがある(腰痛になったことを報告するシステムがない、報告が禁止されている、経営者や上司からの懲罰的な反応など)。
10.会社側が関心を持ってくれない。

さて、いくつの項目に該当しただろうか。おそらく、罹病期間が長い人や症状が強い人ほど該当項目が多かったはずである。過去は変えられないが、もし変えられるものがあったら、勇気を出して行動に移してもらいたい。ひとつでもふたつでもいい。イエローフラッグをひねり潰してほしいのだ。それが慢性腰痛の治療にもなれば、再発の予防にもなるのである。
posted by 長谷川 淳史 at 00:19| 診断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月18日

グリーンライト

次の「非特異的腰痛」というのは、腰椎部、仙骨部、臀部、大腿部の痛みを訴える場合で、楽な姿勢がある、動作によって痛みが変化するといった特徴がある。全腰痛患者に占める割合は80〜90%で(Acute Low Back Pain Interdisciplinary Clinical Guidelines,2002)、6週間以内に90%の患者が自然に回復する(Clinical Guidelines for the Management of Acute Low Back Pain,2001)

最後の「神経根症状」というのは、腰痛よりも下肢痛(主に片側か片側優位)の方が強く、膝下からつま先まで痛みが放散したり、しびれや知覚異常、筋力低下がみられたりする場合である。全腰痛患者に占める割合は5〜10%で(Acute Low Back Pain Interdisciplinary Clinical Guidelines,2002)、6週間以内に50%の患者が自然に回復する(Clinical Guidelines for the Management of Acute Low Back Pain,2001)

幸いなことに、「非特異的腰痛」と「神経根症状」のふたつはグリーンライトと呼ばれ、ある決まった経過をたどって一定期間で自然に終息する予後良好の自己限定性疾患(self-limited disease)である。つまり、軽い風邪をひいた、ちょっとお腹をこわした、あるいはさかむけ(ささくれ)ができたのと同じで、治療しようがしまいが遅かれ早かれ治ってしまう運命にあるというわけだ。

鼻水が出たからといって恐怖におののく人はいない。くしゃみが出たからといってショックで落ち込む人はいない。便が少し柔らかいからといって救急車を呼ぼうとする人はいない。さかむけができたからといって手術を覚悟する人はいないのである。

いずれにしろ、腰痛が起きたら真っ先にレッドフラッグの有無を確認するのが鉄則だ。それがなければグリーンライトなので、すぐに良くなる自己限定性疾患だと思って安心してもらいたい。もちろん画像検査も血液検査も必要ない。そして痛みの許す範囲内で普段どおりの生活を続けてほしい。それが現時点でもっとも効果的な治療法なのである。誰が何といおうとグリーンライトは万国共通のGOサインだ。治らないわけがない。

とはいうものの、急性腰痛の2〜7%は慢性腰痛に移行してしまい(Frymoyer JW,1988)、スウェーデンでは成人の23%が慢性腰痛に苦しんでいるという驚くべき報告もある(Andersson HI.et al,1993)

自己限定性疾患であるはずのグリーンライトが、なぜいつまでも回復しないのか。それはイエローフラッグがあるからだ。レッドフラッグ生物学的危険因子だとするなら、イエローフラッグ心理社会的危険因子といえるものである。

赤緑黄.jpg

これは腰痛の発症に深く関わっている危険因子であり、腰痛を慢性化させ、職場復帰を遅らせ、再発率を高める危険因子でもある(Linton SJ, 2000)。したがって、できるだけ早い時期に、理想的には初診時の段階でイエローフラッグの存在を確認するのが望ましい。
posted by 長谷川 淳史 at 10:55| 診断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月17日

レッドフラッグ

腰痛疾患の診断は、詳細な病歴聴取と簡単な理学検査だけで十分である。なぜなら、腰痛疾患の診断でもっとも重要なのはレッドフラッグを見つけ出すことだからだ。それはハイテクを駆使した画像診断装置を使うまでもなく、問診と触診という先人たちが積み上げてきた業績をフルに活用すれば可能である。

科学的根拠はないものの、世界各国すべての腰痛診療ガイドラインが、腰痛疾患を次の3つに分類することで一致している。いわゆる診断用分類(Diagnostic Triage)である(Waddell G,1987)

診断用分類.jpg

まず「重大な脊椎病変の可能性」だが、これがレッドフラッグと呼ばれているもので、悪性腫瘍、脊椎感染症、骨折、解離性大動脈瘤、強直性脊椎炎(膠原病)、馬尾症候群の存在を疑わせる危険信号だ。もしこれらの疾患が存在すれば、もはや腰痛疾患といえるようなものではない。

ノルウェーの診療ガイドラインでは、全腰痛患者の1〜5%にしか認められないとしているが(Acute Low Back Pain Interdisciplinary Clinical Guidelines,2002)、いくら頻度が少ないとはいえレッドフラッグはきわめて重要なサインだ。そこで、各国の腰痛診療ガイドラインを参考に具体例を挙げておこう。

◆発症年齢が20歳未満か55歳超
◆最近の激しい外傷歴(高所からの転落、交通事故など)
◆進行性の絶え間ない痛み(夜間痛、楽な姿勢がない、動作と無関係)
◆胸部痛
◆悪性腫瘍の病歴
◆長期間にわたる副腎皮質ホルモン(ステロイド剤)の使用歴
◆非合法薬物の静脈注射、免疫抑制剤の使用、HIVポジティブ
◆全般的な体調不良
◆原因不明の体重減少
◆腰部の強い屈曲制限の持続
◆脊椎叩打痛
◆身体の変形
◆発熱
◆膀胱直腸障害とサドル麻痺(馬尾症候群の疑い)

このリストに該当するものがひとつでもあれば、必ず重大な疾患が潜んでいるというわけではない。しかし、生命にかかわる危険な疾患を除外するために、画像検査や血液検査を受ける必要があるので、どうか肝に銘じておいてほしい。

たとえば、レッドフラッグを持つ患者の血液検査で赤沈値の亢進がみられれば、悪性腫瘍に罹患している可能性が高い(van den Hoogen HM.et al,1995)。とりわけ膀胱障害(排尿困難、残尿感、尿失禁)、直腸障害(便失禁)、サドル麻痺(肛門や会陰部の感覚消失)といった症状が現れる馬尾症候群は緊急を要する。できるだけ早く整形外科医か外科医の診察を受けなくてはならない。
posted by 長谷川 淳史 at 09:55| 診断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月16日

画像検査は不要

現在、少なくとも13カ国が腰痛診療ガイドラインを発表している(アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、ノルウェー、デンマーク、フィンランド、ドイツ、イスラエル、オランダ、スウェーデン、スイス)。さらに、ヨーロッパの14カ国が参加して作成したヨーロッパガイドライン(オーストリア、ベルギー、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、イスラエル、イタリア、オランダ、ノルウェー、スペイン、スウェーデン、スイス、イギリス)を加えると、この地球上には14種類の腰痛診療ガイドラインが存在するというわけだ。

これらのガイドラインが一貫して主張しているのは、腰下肢痛患者を診察する際、一部の例外(全腰下肢痛患者の1〜5%)を除いて画像検査は必要ないということである。これは急性腰痛だろうと慢性腰痛だろうと再発性腰痛だろうと同じことで、腰痛疾患の診断には問診と簡単な理学検査で十分なのだ。

ところが日本では、ほぼ100%といっていいほど画像検査を実施する。これが患者の利益になるのなら大いに結構なことである。X線撮影でもミエログラフィーでもCTでも、ビシバシ撮っていただきたい。しかし、これらの画像検査にはどうしても放射線被曝という問題がつきまとう。

実のところ、1回の腰部X線撮影による被曝量は、胸部X線撮影に換算すると150回分に相当し(Clinical Guidelines for the Management of Acute Low Back Pain,2001)、脊椎分離症を確認するための斜位像ではその2倍の被曝量になる。また、腰部を4方向(前後像、側面像、斜位像)から撮影した場合の卵巣への被曝量は、装置によっては1回で6年間、16年間、あるいは98年間、毎日胸部X線撮影をした被曝量に匹敵する(Hall FM,1980)。さらに、検査回数や撮影枚数に制限のないCTにいたっては、X線撮影の数10倍の放射線量を必要とし、胸部撮影だけで比較すれば単純X線撮影の400倍の被曝量となる。

ことに日本は、きわめて危機的な状況にあることが明らかとなった。イギリスのバーリントン・デ・ゴンザレスとダービーは、15カ国の医療先進国を対象に、X線を用いた画像検査による年間被曝量と日本の原爆被爆者のデータを基に、がんを発症する危険率を調査したのである。その結果、年間画像検査実施率も画像検査によってがんを発症する危険率も、日本が世界一であることが判明したのだ(Berrington de Gonzalez A & Darby S,2004)

X線診断とがんの危険率.jpg

X線診断に起因するがん.jpg 

これは日本のCT普及率が世界一であることが反映しているらしいが、この地球上で唯一の原爆被爆国である日本が、何が悲しくて画像検査でがん患者を増やさなければならないのか。しかも同胞の手によって、毎年9905名のがん患者を生み出しているのである(Berrington de Gonzalez A & Darby S,2004)

先進各国のCT保有台数.jpg

年間がん発症メ.jpg

この事実はけっして誇れるものではないし、腰痛疾患に対するX線画像検査を正当化できるものでもない。それにもかかわらず、厚生労働省も日本医師会もマスコミも沈黙を守ったまま動こうとしない。いや、沈黙しているだけならまだいい。何を思ったのか、この論文の発表直後に共同広告機構がマンモグラフィーの定期健診を薦めるCMを流し、PETドックを推奨するキャンペーンまでが始まっている(註:マンモグラフィーもPETも被曝量はきわめて少ない)。いずれも費用対効果が低い検査法だという証拠があるのに、その事実を無視してまで行なう必要があるのだろうか。

そもそも、画像診断技術(X線撮影、CT、MRIなど)が向上したからといって、腰痛疾患の改善率も向上したという事実はない。それどころか、かえって患者の回復を遅らせ(Kendrick D.et al,2001)、手術実施率の増加や医療費の高騰を招いている可能性すら指摘されている(Jarvik JG.et al,2003)。したがって、画像検査の実施は、生命に関わるような危険な疾患が疑われる患者か、手術を検討している患者に限定すべきなのである(Jarvik JG & Deyo RA,2002)

考えてみてほしい。治療しなければならないのは、患者の症状であって画像所見ではない。画像検査で見つかった異常らしきものを、腰下肢痛の原因だと決めつけて医療の対象にする時代は、すでに終焉を迎えているのだ。
posted by 長谷川 淳史 at 21:12| 診断 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする